2015年07月13日

SS企画《俺のグルメFESTIVAL》

 下の二つの記事は「SS企画《俺のグルメFESTIVAL》」に参加するために書いた創作小説です。
 SSはショートストーリーのことで、今回は300字以内というルール。

 300字なんて何も書けないんじゃないかと思ったけど、意外と長い。
 窮屈さを感じずに物語を展開させられる。
 自分の中にある新しい感覚を発見した気持ち。
 楽しかった♪
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:44| 執筆 | 更新情報をチェックする

2015年06月17日

4000字以内で小説を書いてみて分かったこと

 文字数制限のある小説に初挑戦した。
 文芸同人イベント「Text-Revolutions」は開催前に参加サークルのアンソロジーを作るそうで、その原稿の規定が「4000字以内」
 「原稿用紙〇〇枚以内」なら何度もあるけれど「〇〇字以内」で小説を書くのはこれが初めて。

 とりあえずiPhoneに入れているワープロソフト「iText Pad」で初めから終わりまで打ってみた。
 「文字数カウント」という機能があるのでこれで数えてみると、うーむ、4000字をかなり超えている。
 そんなに気に入ってない場面をばさばさ消去。
 登場人物も一人消えた。

 よし、ギリギリ4000字以内になったぞ、とパソコンに移してWordで文字数を見てみたら……
 約3900字。
 ソフトごとに文字数カウントの結果は違うらしい。
 うー こんなに消す必要なかったのかも。

 その後、Text-Revolutionsの公式サイトを見てみたら、文字数カウントをしてくれるページへのリンクがあった。
 そこに小説を貼ってカウントボタンを押すと……
 4090文字。
 あなたたち(←ソフトたちへの呼びかけ)いったい何を文字として数えているの……?

 Text-Revolutionsの主催者さんは「少しなら超過OK」と言ってくれた。
 でもここまで来たらちゃんと規定通りにしたい。

 今回、4000字以内に収めようとして、学んだことが多々あった。
 まず「削ろうと思えばあちこち削れるんだ」ということ。
 ストーリーに必要のない、余分な文章をずいぶん書いている。
 俳句や短歌の言葉が力強いのは、この過程が厳しいからなんだ。

 もう一つは「少ない文字数で時間を経過させるのは難しい」
 私が書いた話では、1行目〜最終行で1年半ほど進む。
 これが何だか駆け足になっちゃって、1年半経った気がしない。

 おそらくこれは文章技術が拙いせいで、やり方次第でどうにかなるはず。
 夢十夜は次のページに行くだけで100年経つからね。

 たまにいつもとちがうやり方で書いてみると、自分の文章のダメな部分が分かって良いな。
 〆切までに出来るだけ改善したいです。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:16| 執筆 | 更新情報をチェックする

2015年06月12日

自分ではない何かになりきる

 小説を書く時は、一時的に登場人物になりきる。
 小学生になったり、医者になったり。

 今日は「悩みを抱えた男子高校生」になりきり、そのままの状態で村上春樹の「風の歌を聴け」を読んでみた。
 そうしたら、いつもの状態(大人の女性)で読んだ時とは全く印象が変わったのでびっくりした。

 何だかあちこちに教訓が散りばめられているような気がするのだ。
 悩める者がすがるように読んだ時にだけ浮かび上がる教訓。
 それとも悩める者は、悩みを解決したいと願うあまり、あらゆるものから教訓を読み取ってしまうのか。

 「風の歌を聴け」はデビュー作なので、最近のものとは作風がずいぶん違う。
 「いつもの状態」の私は、ストーリー構成がかっちりしているタイプの村上春樹作品を好む。
 エピソードのつながりがばらっとしている「風の歌を聴け」は、それほど大事に思っていなかった。

 でも「悩みを抱えた男子高校生」になりきったことで、
「村上春樹は初期作品が好き」
 と言う人の気持ちが少し分かった。

「自分ではない何かになりきる」
 なんて、小説を書いたり劇で役を演じたりする時にしかやらない特殊なこと、と思うかもしれない。
 しかしこれは、
「周囲の人の考えを想像しながら行動する」
 という、社会生活を穏やかに送るために必ずやる行為、の応用でしかない。
 つまり誰でも簡単に出来るはず。

 世界をいつもと違った目で見ると、色々発見がある。
 たまには自分をどこかに置いて、「僕」や「あたし」や「拙者」になってみよう。
 いつでもどこでもタダでやれる、楽しい遊び。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:19| 執筆 | 更新情報をチェックする

2015年06月08日

編集上手は文章上手

 編集が上手な人は、文章も読みやすい。
 14年間、創作文芸同人誌を読み続けて感じたこと。

「編集をしっかりやるのも、読みやすい文章を書くのも、
『読者のことを考えて本を作っている』
 ってことだもんね」
 とDちゃんは言うけれど、それだけではない気がする。

 「文章を書く」という行為そのものが、編集の要素を持つのではないか。
 言葉を選び、並び方を決め、余分なところを削り、バランス良く配置する。

 つまり編集を勉強すれば、文章力も向上したりするのかもしれない。
 編集上手になりたい! 文章上手になりたい!!
 そう思って本屋で編集の教科書はないかと探すのだけど、分厚くて読むのが大変そうなのしかないんだよね……
 書籍だけでなく、雑誌やカタログまで全部作れることを目指すような。

 読みやすい小説同人誌を作ることを目標にした編集の本、ないかなぁ。
 欲しいなぁ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:57| 執筆 | 更新情報をチェックする

2015年06月01日

模倣の不確かさが個性

 面白い小説を読むと、自信をなくす。
「これに比べたら、私の小説はなんて拙いの(たわい無いの、単純なの、等々)」

 でも、そんな面白い他人の小説を、利用することだって出来るのだ!
 そのまま丸写ししたら盗作になってしまうけど、影響を受けるのは自由だ。

 面白い小説を沢山読んで、良いと思った部分を取り込んでいきたい。
 好きなものも、私の一部。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:23| 執筆 | 更新情報をチェックする

2015年05月29日

原稿用紙○○枚、という単位

 小説を書く時、原稿用紙ではなくワープロソフトを使っているのに、原稿用紙で何枚分かたびたび確認するクセがある。
 一行を20字に固定して、行数を20で割る。けっこう面倒。
 でもそうしないと、自分がどれくらいの量を書いたのか、感覚としてつかめない。

 最近は原稿の量を文字数で表現するのを見ることが多くなった。
「今日は〇〇バイト(←情報量の単位)書いた」
 なんて言い方をする人もいるので驚く。

 確かに原稿用紙なんて実際に手にすることもないのだし、文字数やバイトの方が現在の執筆状況に合っている。
 しかし例えば「1万文字の原稿」と言われても、それが長いのか短いのか(小説の場合、長編か中編か短編か)私はすぐに判断出来ない。
 10000を400で割って(=25)ようやく、
「ああ、短編か」
 と思う。

 こんな風に「原稿用紙換算」がしみ付いているのは、文学賞に投稿していたからだと思う。
 文学賞にはたいてい原稿量の規定があり、「原稿用紙○○枚」と書かれている(最近は違うのかもしれないけれど、私が投稿していた頃はこうだった)
 自分の小説が原稿用紙で何枚か計算しないと、まず出す賞を決められない。

 私が書いたある小説は、22125文字で、Wordファイルだと53キロバイトあり、原稿用紙換算すると73枚。
 文字数とバイトは今日初めて見た。
 何度もやってみないと、文字数とバイトで長さをつかめるようにはならないと思う。

 慣れ親しんだ単位でしか、量の実感(長い・短い等)が得られないのがよく分かる。
 尺貫法が禁止された時に困った人たちのことを思う。

 「原稿用紙○○枚」という表示もそのうちなくなるのかな……
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:39| 執筆 | 更新情報をチェックする

2015年05月22日

神は細部に宿る

 下の記事に書いた小説の舞台は高校。
 場面をいくつか想像してみて、ふと気付いた。
 私、高校生活の細部をすっかり忘れてる!!

 体育館で行事をやる時に並べる椅子は、パイプ椅子だっけ?
 もしそうだとしたら、そんなのしまう場所あったっけ?
 教室で、毎朝全員の名前を呼んで出欠を取ったりしたっけ?
 授業中に先生に指されたら、立って答えたっけ? 座ったままだっけ?

 高校生の私! 小説家に憧れていただろう!!
 だったらいつでも小説に出せるよう、何もかも全部覚えておけよ!
 もう、バカバカ。
 当時は当たり前過ぎて意識しなかったんだろうなぁ。

 20年後、今とは全く違う境遇になっていたら、
「専業主婦って昼ごはんにどんなものを食べるんだっけ?
 主婦を主人公にしたいのに! 覚えておけよ、バカバカ!!」
 とか叫ぶんだろうね。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 22:58| 執筆 | 更新情報をチェックする

小説、始めました。

 3月に長めの小説を完成させたので、
「しばらくは読むのに徹して書くのは休もう」
 と思っていたのだけど、やっぱり我慢出来なくなって書き始めてしまった。

 きっかけは10月に開催される「Text-Revolutions」
 このイベントは参加サークルのアンソロジーを作るそうで、その原稿の規定が「4000字以内」だった。
 原稿用紙に換算すると10枚。
 これくらいなら気軽にやれるのでは、と思ったのだ。

 でも、冒頭部分を書いてみてすぐに気付いた。
 この話、4000字じゃ終わらない。
 意外とあっという間だよね、4000字って。

 そんな訳で、普通にText-Revolutionsの新刊として個人誌を出すことになりそうです。
 まあ、めでたしめでたし、かな?

 アンソロジー用の原稿はどうしよう……
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:33| 執筆 | 更新情報をチェックする

2015年03月21日

一人称の話

 小説を書いている時に一番楽な一人称は「僕」です。
 38歳でボクっ娘はイタいな……
 「ボク」はともかく、もう「娘」じゃない。
 僕おばさん。

 男性作家が書く「僕」の小説(村上春樹とか)をよく読むせいかな?
 はっきりと理由は分からないけど、思い出してみると、私は3歳くらいの頃、自分を「僕」と呼んでいた。
 近所の年の近い子たちが偶然全員男で、一緒に遊んでいるうちに違いが分からなくなってしまったみたい。

 お祭りの時に、
「僕、着物を着てるのよ」
 と話していたという記録が母の育児日記に残っている。
 語尾は女なのね。

 次の即売会(4月19日の文学フリマ金沢)で出す小説の主人公の一人称は「俺」
 これはけっこうキツかった。
 「俺」を自然に使うことは出来ないようで、自分の中の男性要素を過剰にしている自覚があった。
 わざとらしい感じになってないと良いのだけど。

 「拙者」「小生」「それがし」「わっち」「わらわ」も使えないな。
 一人称によって続く文章はある程度規定されるから。

「拙者はプリンが大好きなの」
 だとダメで、
「拙者、プリンが大好きでござる」
 なら大丈夫…… なのかな?

 日本語の一人称っていったいいくつあるんだろう。
 全部完璧に使えたら、小説を書くのに便利だろうな。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:54| 執筆 | 更新情報をチェックする

2015年03月12日

文章力と読解力

 同人活動(アマチュア文芸活動、の方が分かりやすいかな)をしていて気付いたことがある。
「プロを目指している」
 と言う人より、
「小説を書くのは趣味」
 という立場を徹底している人の方が、文章が上手いのだ。
(※もちろん当てはまらない人もいるが、見てきた例を総合すると)

 上手いのにプロを目指さない(諦めたというより、最初から別物と思っているような)人は、
「小説家になるのは大変なこと」
 という意識を持っている。
 下手なのにプロ志望の人は、小説を書くことをそれほど難しいと思っていない。
(※繰り返し 歌詞のようだな……)

 「やりたいこと」と「やっていること」がひっくり返っているようで不思議な気がするけど、実は単純な話。
 世の中には、
「小説家の文章のすごさを読み取れる人」
 と、
「読み取れない人」
 がいるのだ。

 読み取れる人は、その優れた点を自分の文章に活かすことが出来るし、
「プロの小説家に比べると自分の文章はダメだな」
 ということも「読み取れる」

 読み取れない人は、自分の文章のダメさも「読み取れない」
 だから自惚れてしまうし、気軽にプロを目指してしまう。

 私はこの記事で誰かを非難したいのでもないし、反省したいのでもない。
「上手い文章を書きたかったら、まずは読解力をつけなければいけない」
 という当たり前のことを言いたいだけだ。

 読解力をナメている人のことは非難したいのかもしれないな。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:53| 執筆 | 更新情報をチェックする