2014年03月08日

にっこり微笑みながら反逆を

 私は自分の小説の中で「親との対立」を書くことが出来ない。
 ついつい物分かりの良い親ばかり出してしまって、
「こんな風に簡単に理解してくれる訳ないだろ!」
「リアリティがない!」
 と思われるだろうなー と思いつつ、やっぱり書けない。

 それは、うちの親がものすごーく私に甘かったからです。
 親だけじゃなく、伯母×2も、伯父も。
 溺愛、という言葉がまさにぴったり。

 私は母親が40歳の時の子で、伯母や伯父にとっても、
「人生の後半に突然やって来た赤ん坊」
 だった。

 彼らの愛情を表現しようとする時、高村光太郎「レモン哀歌」の
「生涯の愛を一瞬にかたむけた」
 という一文が思い浮かぶ。

 戦中、戦後の苦労があり、がむしゃらに働いた高度成長期があり、気がつけば全員婚期を過ぎて独身で、目の前に父親の分からない女の子が。
 それはそれでちょっと偏った愛だったかもしれない。

 しかしまあ、私は世間的に見れば「複雑な家庭」の「私生児」な訳で、私がもし愛情不足で不幸だったら、世間の思う壺(?)という感じがする。
 たとえ標準家庭と構成がズレていても、戸籍の父親の欄がからっぽでも、全く問題なくのほほんと生きられるのだ、ということを私は生涯かけて証明すべきなのだろう。

 私は幸福な少数派について書く。
 人間の寛大さを描く。
 私が受け取った大量の愛情を文章の中に散りばめる。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:06| 執筆 | 更新情報をチェックする

「オカマ」という言葉について

 私が自分の小説の題名に「オカマ」という単語を入れようと決めたのは、同性愛者への差別を人権問題としてとらえる世の中の意識の変化がきっかけだった。
 何かの差別を無くそうとする時、まず最初に行われるのは「言葉狩り」だから。

 このままだと「オカマ」は「差別用語である」として使えなくなってしまうだろう。
 というか、本当はもう使っちゃいけないのかもしれない。
 私にはそれが、非常にもったいないことのように感じたのだ。

 おすぎとピーコが、
「私たちはオカマだから」
 と言う時の、あの力強さ。
 彼らが自ら笑い物になったことで、同性愛者への差別を深めたと批判する人もいるだろう。
 でも、本当にそれだけだろうか。

 彼らは「笑われて」いたか?
 「笑わせて」いなかったか?

 私は「オカマ=男性同性愛者」ではないように感じている。
 オカマというのはそういう「人の性質」を指す単語ではなく「芸能の名称」なのではなかろうか。
 「歌舞伎」とか「文楽」みたいな。
 これだと人数が多いから「漫談」「パントマイム」とかの方が近いかな……

 差別されそうになった者たちが、笑わせることで相手の敵対心を解き、親密な空気を作り出す。
 少数派が世界と戦うために身につけた術=芸能、と考えられないだろうか。
 ということは、同性愛者への差別が消えた時、この芸能は滅びてしまうはずだ。
 「オカマ」という言葉で傷つけられた経験のある人々は、それを強く望んでいるに違いない。

 それでも。
 ユーモアと強さを含んだ「オカマ」という言葉を、せめて自分の小説の中に残しておきたかった。
 大昔に消えてしまった白拍子が、歌舞伎の登場人物として生き続けているように。
posted by 柳屋文芸堂 at 03:39| 執筆 | 更新情報をチェックする

2013年12月10日

私の夢

 文学賞に落ちたり、同人誌即売会で売上げが少なかったりすると、
「才能ないのかなー 頑張っても無駄なのかなー」
 と暗くなる。

 でも、作品置場のページを見たら、作品数が思いの外少ないのに気付いて、
「まずは書きたいことを全部書き切ってみないと、才能云々と言えないのではないか」
 と思い直した。
 才能があるか判断するのは私ではなく、読者だ。

 読みたい本を全部読もう。
 やりたいことを全部やろう。
 その上で、書きたいことを全部書こう。

 それこそが私の夢、なのかもしれない。
posted by 柳屋文芸堂 at 02:13| 執筆 | 更新情報をチェックする

2013年12月06日

「写真」という単語

「……の写真をカバンに入れて持ち歩いた」
 という文章を書いて、ふと、
「読者はどういう状況を想像するだろうか」
 と考えた。

 私がイメージしたのは、
「L判(ハガキより少し小さいサイズ)にプリントされた写真を、カバンの内側のポケットに入れている」
 というような状況。
 でも「写真」と言った時にまず「データとしての写真」が思い浮かぶ人も増えているのではないか。
 SDカードをカバンに入れているように感じたり…… するかな。

 どうしても「物としての写真」を持っていることを伝えたかったので、
「……の写真をわざわざプリントして持ち歩いた」
 という風に書き直した。

 言葉の概念はどんどん変わっていくんだなー
 というのを改めて感じた。
 トンチンカンであることに自分で気付いてない文章もけっこうあるかもしれない。
 注意しなくちゃ。
posted by 柳屋文芸堂 at 02:13| 執筆 | 更新情報をチェックする

2013年12月01日

うっかり

 うっかり短編小説を書いてしまった……
 あー 楽しかった。
 やはり長編だけ書き続けるのは辛いんだなー
 この、書き上げる喜びよ。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:57| 執筆 | 更新情報をチェックする

2013年11月10日

フードポルノ作家

 たまに見かける「フードポルノ」って何だろう、と思って調べたら、
「食欲をそそる料理の写真
 のことだそうです。
「食欲をそそる料理の文章
 も「フードポルノ」じゃないのかな?

 私の文章は、食べ物の描写が多い。
(ブログを読んでくださっている方は当然気付いていると思いますが)
 意識してやっている訳ではなく、結婚して料理をするようになってから自然に増えちゃったのだ。

 小説を書いている時も、テーマやストーリー展開は割とどうでも良くて、
「この登場人物に何を食べさせよう」
「このシーンに一番ぴったり合う料理は何か」
 てなことばかり考えている。

 もしかして私が目指すべきなのは、
「フードポルノ作家」
 なのか? もうなってる?!
 文学フリマのジャンルに「フードポルノ」が入る日が来る…… かも……
posted by 柳屋文芸堂 at 00:07| 執筆 | 更新情報をチェックする

2013年11月09日

「文学賞受賞」と「同人誌即売会参加」

 大昔、文学賞を取ったことがある。
 知名度は全く無い賞だが賞金も出たし、有名な作家が選考委員を務めていた。
 豪華さがあだになったのか、受賞作のレベルが低かったせいか、その賞は2回で終了してしまった。

 私の作品はその賞のサイトで公開され、1500人くらい(だったかな?)がダウンロードしたという。
 でも、感想は一通も来なかった。
 小説の仕事につながるということも無かった。

 選評と賞金は嬉しかったけど、大騒ぎした割には虚しい経験だった。

 同人誌即売会で私の本は、驚くほど売れない。
 でも何故か感想はよくもらう。
 印刷代やイベント参加費で、お金は出ていく一方だ。
 誰も尊敬してくれない(ちょっと馬鹿にされている感触さえある)

 「文学賞受賞」と「同人誌即売会参加」を比べると、同人誌即売会参加の方が損ばかりのような気がするのに、満足感はこちらの方が高いのだ。
「読まれている」
 という実感そのものが、執筆に対する努力への報酬になる。
 お金よりも。

 文学フリマの会場には、そんな喜びがあふれかえっていたんだなー
 と思うとなかなかすごい。
 全員が「机を並べて本を売る」という地味な行為をしているのに、見えない花びらが舞い続けているような高揚感が確かにあった。
 
 文学フリマという場が熟成しつつある。
 ここで得たものを糧にして、魅力的な作品がどんどん作られてゆく予感がある。
 言葉を愛する私は、それが楽しみで仕方ないのだ。
posted by 柳屋文芸堂 at 02:55| 執筆 | 更新情報をチェックする

2013年10月29日

一番キツかった感想

 これまでにもらった小説の感想の中で一番キツかったのは、
「エッセイを読まない方が良い」
 というもの。

 何故そんなことを言われたのか、よく分からない。
 小説の描写が軽くなる……からなのかな?

 私はエッセイを読むのが大好きで、知識や笑いや安らぎなど、どの本からも沢山の滋養をもらってきた。
 どうしてこんなに美味しいものを、遠ざけなければならないのか。

 その人は私の小説を読むと「感想」ではなく「アドバイス」をくれるのだった(※教師ではない)
 普通に、何を感じたかを教えて欲しいなー
 と思ったけれど、
「素人の文章を読み、意見を言ってくれる」
 というのはそれだけで貴重なことなので、文句は言えなかった。

 なかなか希望通りのことって言ってもらえないよね。
 当たり前だけど。
 褒めて欲しいわけじゃない。
 私が投げた言葉を、どう受け取ったのか知りたいだけなんだ。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:34| 執筆 | 更新情報をチェックする

2013年10月26日

二次創作

 「柳屋文芸堂 作品置場」のアクセス解析を見ると、
「大奥」「二次創作」
 を検索して「紫の上」という小説を見に来る人がかなりいる。

 私はたいてい原作だけで満足してしまうため、二次創作を読む習慣がない。
 なので二次創作好きな人が二次創作に何を求めているのか、いまいちつかめない。

 「紫の上」は大奥に出てくる有功という登場人物があまりに可哀想で、自分の気持ちを収めるために書いた。
 二次創作を読み慣れている人はどう感じるのか。
 全員「舌打ちした後【×】ボタン」だったりして……
 
 しかしこれだけ検索して来るということは、需要があるんだな。
 アマチュア文芸の世界で必要とされているのはオリジナルの作品ではなく、元ネタがあってそれさえ知っていれば共感しやすい二次創作の方なのだ。

 もしオリジナルを読んでもらいたいと思ったら、読者を全く新しい世界に引きずり込むために、相当力強い文章を書かなければいけない。
 知名度がない分、プロ以上に。
posted by 柳屋文芸堂 at 03:28| 執筆 | 更新情報をチェックする

2013年09月25日

牛歩

 小説、現在400字詰め原稿用紙換算で140枚くらい。
 長くなってきて、
「前回までのあらすじ」
 を確認するだけで執筆時間が終わってしまうことが増えてきた……

 主婦になってから細切れの時間しか取れなくなったので、長い話は書きにくいのだ。
 まだしばらくかかりそう。
 完成するまで作品世界に飽きませんように。
posted by 柳屋文芸堂 at 02:23| 執筆 | 更新情報をチェックする