2017年08月13日

RADWIMPS「君の名は。」感想

 「君の名は。」を見た後すぐにサントラを購入。
 RADWIMPSは「フランケンシュタインの恋」の主題歌「棒人間」がすごく良かったし、映画を見る前から「前前前世」の「前前前世から僕は君を探し始めたよ」という歌詞が気になっていたので。
「前世と前前世には会えなかったのか……?」

 映画「君の名は。」はストーリーと音楽の距離感が神がかっていたと思う。
 登場人物の心情を表してはいるけれど、合い過ぎてはいない。
「ちょうど良い曲が偶然あったので使ってみました」
 としれっと言いそうな雰囲気(実際は20回も修正入れて作らせているのに!)

 感動する映画は苦手だと思っていた。
 でも「君の名は。」はパチンとスイッチが入るみたいに、音楽に乗って物語世界に没入出来た。
 ある種のミュージカルなのではないかと思う。

 「前前前世」がオープニング曲でもエンディング曲でもないことを知った時の驚き。
 この曲が流れるシーンは映画の中で一番楽しいですよね。

 「スパークル」が好きなんですよ〜
 瀧と三葉の曲であるだけでなく、前半はテッシーのことを歌っているような気がして。
「やったれやー!」
 と脳内で叫びながら聴いている。

 テッシーの、現状に不満を持ちつつどう変えたら良いのか分からないという感覚は、私が子供の頃からずっと持ち続けている気持ちによく似ている。
 特に思い入れのある登場人物だ(どの子も好きだけど)

 エンディング曲の「なんでもないや」の、
「君のいない世界など夏休みのない八月のよう」
 という歌詞、「君のいない世界」なんて「夏休みのない八月」くらい酷い、あり得ないと強く否定するための比喩なのだろうけど、
「割と簡単に実現しちゃうよね、夏休みのない八月……」
 と過労サラリーマンとその妻は力なく笑っております。

 「デート」「飛騨探訪」のような歌詞なしの曲も可愛くて心地好い。
 日常の中で自然に楽しみつつ、元気になったりじーんとしたり。
 この夏を乗り切るためのアルバムになりそうです。

君の名は。(通常盤) - RADWIMPS
君の名は。(通常盤) - RADWIMPS
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:31| 音楽 | 更新情報をチェックする

2015年11月01日

岩倉高校吹奏楽部

 テキレボの帰りに(10月10日)上野駅でトレインコンサートというのをたまたま聴いた。
 演奏していたのは岩倉高校吹奏楽部。
 吹奏楽から離れて20年以上経つのでこの高校のことも全く知らなかったのだけど、音が明るくて心にじーんと来る、素晴らしい演奏だった。

 YouTubeを見たらその日の動画があったので貼っておく。
 演奏は1:20あたりから。



 定期演奏会に行きたいな〜 と思ったら、12月にあるらしい!

 岩倉高校吹奏楽部 第2回定期演奏会
 12月13日(日)開場13:30 開演14:00
 場所:大田区民ホール・アプリコ
 入場無料
 (情報はこちらから)

 吹奏楽に「うぉぉぉ!」ってなったのは久しぶりだなぁ。
 気持ちが若やぎますね。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:55| 音楽 | 更新情報をチェックする

2015年09月07日

三味線お浚い会終了

 三味線のお浚い会(発表会)が終わりました。
 何だか色んな事があって、とても全部すぐに言語化出来そうにない。
 頑張って記憶しておいてくれ、私の脳みそ。

 とりあえず今の私が最も頑張るべきことは、
「風邪をひかない!!」
 ここ数年、大きなイベント(演奏会・同人誌即売会・旅行など)の後に風邪をひくことが本当に多くて。
 歳のせいですか……
 
posted by 柳屋文芸堂 at 08:42| 音楽 | 更新情報をチェックする

2015年08月25日

終わったけど終わってない

 今日は三味線のおさらい会(発表会)の下ざらい(リハーサル)
 緊張してどうにか演奏して帰ってきたら、涼しい秋風。

「俺の夏は終わった……」

 いや、本番これからだから!
 
posted by 柳屋文芸堂 at 01:04| 音楽 | 更新情報をチェックする

2015年07月23日

三味線擬人化

 三味線の糸(弦)はけっこう弱いもので(特に一番細い3の糸)弾いている途中で切れることもあるし、置いておいたらいつの間にか切れていた、ということもよくある。
 いつもは真っ直ぐな糸が、はね返るように垂れているのを見ると、まるで男を取られた芸者が髪を振り乱しているようだな、と思う。

 楽器擬人化というジャンルはあるのか…… と検索したら、やはりあるようですね。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:39| 音楽 | 更新情報をチェックする

2015年07月08日

長唄「俄獅子(にわかじし)」

 9月に三味線のお浚い会(発表会)があるので、練習頑張ってます。
 暗譜しなくちゃいけないのがつらい。
 音を覚えるのは本当に苦手。音痴だからだと思う。

 今回演奏する曲は歌詞が面白い。
 実際に吉原にあったお店の名前が出てきたり(菓子屋の「竹村」、豆腐屋の「山屋」)
 この二つのお店、広辞苑にも載っているから驚く。

「ちんちん鴨の床の内 たんたん狸の空寝入」
 なんてユーモラスだしリズムも良い(しかも動物でそろえてある)

 こちらのページ(先生の先生のお弟子さんで日本文学研究者の細谷朋子さんの解説)によると、

ちんちん鴨の床の内
 「ちんちんかも(かも)」は、男女の仲が極めてむつまじい様子をからかって言う言葉。
 「鴨」は、次の「たんたん狸」と対になるようにした当て字。


たんたん狸の空寝入り
 眠ったふりをすること。狸寝入り。
 本来、遊女を待つのに(見栄を張って)眠ったふりをしている客の様子を指した言葉。


 とのこと。
 「ちんちんかも(かも)」が実際に使われているのを初めて見たよ。
 なかなかインパクトのある単語だよね。
 日本語の中で一番好きかも(それもどうか)
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:47| 音楽 | 更新情報をチェックする

2015年06月22日

Toumani Diabaté「Kaira」

 iPhoneに入れている音楽で一番再生回数が多いのは、Toumani Diabaté(トゥマニ・ジャバテ)の「Kaira(カイラ)」というアルバム。
 マリのコラという楽器の演奏です(歌は無し)

 涼やかな音色で、夏に聴くのにぴったり。
 どれも単純な曲ではないのに、さらさらとクセのない弾き方で、何度再生しても聴き飽きない。

 コラというのはひょうたんで作ったハープのような楽器らしい。
 実物は見たことがないので分からない。
(ウィキペディアで検索しただけの知識)
 国立民族学博物館あたりにありそう。

 Toumani Diabatéさんは他にも沢山アルバムを出しているようなので、もっと聴いてみたいな。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:17| 音楽 | 更新情報をチェックする

2015年06月15日

クレアクラスコンサート

 毎年恒例、友人が出演している「クレアクラスコンサート」に行って来ました。
 山田隆広さんというピアニストの方が主宰している音楽教室の発表会。

 私が見たのは出演者49人のうち最後の7人だけだったのですが、難曲ばかりなのに譜面を追うだけになっていないのがすごいな〜 と思った。
 優しさや輝きなど、音ではないものが音の力によって伝わってくるのです。
 ピアノの上にふわっと立ちのぼる感じ。

 「譜面を追うだけの演奏」というのは、機械が自動的に文章を読み上げる時の音声を思い出してみると分かりやすいと思う(荷物の再配達の日時の確認とか)
 音量も音程も変えず平坦に、
「マー君あたしのこと好きって言ったじゃん」
 を読むのと、
ー君たしのこときってったじゃん!」
 と大文字のところにアクセントを付けて読むのでは、そこに表れる感情が全く違う。
(マー君を責め立てる女の子が見えるかな?)

 上手い演奏というのは、上手い演技に似ているのかもしれない。
 棒読みでは感情が伝わらないし、音の工夫が大袈裟だとクサい芝居みたいになり、見て(聴いて)いられない。
 今日聴いた演奏はどれも、演技が自然で心地好かった。

 友人が弾いたのはサン・サーンスの「アレグロアパッショナート」
 叙情的なメロディと挑戦的な音の試みが混ざった美しい曲。
 複雑なのに無邪気なところもあって、聴きながらパウル・クレーの絵を思い浮かべていた。

 彼女はトロンボーンも吹くのだけど、今日の演奏中も何度か息つぎして、そのたび、
「ピアノは管楽器じゃねーよ!」
 と心の中でツッコミを入れた。
 だって「スッ」って息吸う音が客席にまで響くんだもの。
 押すだけで鳴るのよ、その楽器……

 私は知り合った高校の頃から彼女のファンだ。
 一人の女性の人生と、ピアノの音の変化を見続けられるのは本当に貴重で、素敵なことだと感謝している。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:05| 音楽 | 更新情報をチェックする

2015年05月26日

Cocco「クムイウタ」

 久々にCoccoの「クムイウタ」というアルバムを聴いた。
 1998年の作品。

 20代の頃、私はCoccoが好き過ぎて、自分とCoccoの区別がつかないくらいだった。
 ビデオクリップを見るたび、
「私が私の気持ちを歌っている」
 という錯覚を起こした。

 「クムイウタ」に収録されている「裸体」という曲には、Coccoの叫び声が入っている。
 音楽技法としての「シャウト」ではない。
 発狂した人間が叫び出し、周囲も止められなかった、というような生々しい声。

 これを聴くたび、
「Coccoは私の代わりに叫んでくれている」
 と思った。

 20代の頃は恋愛も仕事も全然うまくいかなかった。
 その苦しさを文章にしようとしても、それさえうまくいかなかった。
 解決することも、表現することも出来ない心の暗雲に、Coccoは形を与えてくれた。
 感情にぴったり寄り添う言葉と音楽。

 今はそれほど熱心にCoccoを追いかけている訳ではない。
 嫌いになったのではなく、
「Cocco無しには生きられない、という状況から脱することが出来た」
 という言い方が一番適切な気がする。

 もしCoccoがいなかったら、私の20代の辛さは5割増しくらいになっていたと思う。
 彼女が叫んでくれなかったら、私が叫んでしまったはず。

 誰かの代わりに叫んだり、言葉や物語を見つけたりすること。
 私にもやれるだろうか。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:52| 音楽 | 更新情報をチェックする

2015年04月05日

第百四十三回 松永会

 私が習っている長唄松永流の演奏会である「松永会」に行って来ました。
 ラストの「船弁慶」がメチャクチャ格好良かった〜!

 勇壮な旋律をたたみかけていく激しい演奏で、聞いているうちに頭がふわ〜っとした。
 後で調べてみたら、平家の亡霊が出て来て、それを弁慶が祈って倒す場面だった。
 RPGの魔法使いの戦いみたいな感じ?

 「船弁慶」は能バージョンを見たことがあるのに、ストーリーを完全に忘れていた。
 長唄にはもちろん唄もあるけど、歌詞を完全に聞き取れる訳じゃない。
 それでも「何らかの危機があり、それと懸命に戦っている」というのが、言葉より音色で伝わってくる。
 音楽はあらすじではなく、その場面の空気を表現しているんだなー と思った。

 いつか歌舞伎バージョンも見てみたい。
 またすぐにストーリーを忘れるんだろうな、私は……
 
posted by 柳屋文芸堂 at 01:16| 音楽 | 更新情報をチェックする