2014年10月02日

褒める・貶す

 何かを褒めるために他のものを貶す人が本当に多い。

 (これは前にも書いたけど)会社に勤めている女性を褒めるために専業主婦を貶すとか。
 クラシック音楽を褒めるためにポップスを貶すとか。
 エンターテイメント文学を褒めるために純文学を貶すとか。
 日本を褒めるために韓国を貶すとか。

 何かと比較するというのは確かにやりやすい方法ではある。
 しかし貶された側は不愉快になり、対立を生んでしまう。
 そのことは忘れないで欲しい。

 何かを褒めたかったら、ただただそのものを褒めまくればいいのに。
「〇〇は△△より優れている」
 と言うのではなく、
「〇〇は□□□□だから素晴らしい!」
 の「□□□□」を充実させるのだ。

 好きなものを頭に思い浮かべて、
「何故、私はこれを好きだと思うのだろう?」
 と考えて、自分の気持ちにぴったり合う褒め言葉を探すのって、楽しいのにな。

 罵る方がスカッとしますか?
posted by 柳屋文芸堂 at 00:11| 社会 | 更新情報をチェックする

2014年09月25日

婚外子差別 一人っ子差別 専業主婦差別

 私は婚外子だ。
 戸籍の父の欄が空欄ということ。
 ついこの間まで遺産相続の割合が婚内子より少なかったけれど(改正されたようです)
 普通に暮らしている時に「婚外子だから」という理由で差別されることはほとんどない。

「婚外子なんだ」
 と言うと相手が戸惑うことが多いので、心の底ではけっこう差別しているのかもしれない。
(その反応で相手の器の大きさを計れるから便利)

 しかし、
「婚外子を差別するのは非常識なこと」
 という意識が広まっているので、表面に出て来ないのだ。
 人種差別や障害者差別のようなものですな。

 私が子どもの頃に強く感じたのは、婚外子差別ではなく一人っ子差別。
 ひ弱だとか勝手だとか、一人っ子を悪く言う言葉にぶつかることは本当に多い。
 自分以外の一人っ子を見ていて、そんなに弱くないしわがままでもないじゃん、と思うんですけどね。

 何より一人っ子なのは本人にどうにか出来ることではないし、親も100%コントロール可能ではない。
 努力で解決するものでもないのに、なんで悪口を言われにゃならんの、としょっちゅう腹を立てていた。
「一人っ子を差別するのは非常識なこと」
 という意識が浸透していないのだ。

 結婚後に感じるようになったのは、専業主婦差別。
 これも差別問題があるということが世間で認識されていない。
 たびたび馬鹿にされ、時々羨ましがられたりする。
 訳が分からない。

 専業主婦をこき下ろすことが、会社勤めをしている女性を応援することになるとでも思っているのだろうか。
 単純に褒めたいものだけ褒めたら良いじゃないの。

 差別を無くすことは難しい。
 というか、はっきり「無理だ」と私は思っている。
 けれども、
「差別を口に出さない。行動に移さない」
 というだけで、不愉快な思いをする回数はずいぶん減る。

 意識の問題なのだ。
 とりあえず上っ面だけで良いから平等主義者になってくれ。
 中身はこちらの基準で差別しますから。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:31| 社会 | 更新情報をチェックする

2014年09月03日

大連の物価

 中国嫁日記のこの記事(王先生両親の日本に来た感想)を読んでびっくりした。
 ネタバレになっちゃって申し訳ないけど、大連の物価は日本より高いそうです。
 中国といえばかつて「あらゆる物がメチャクチャ安い」というイメージがあったけど、向こうの物価上昇とこっちのデフレで逆転しつつあるんですねぇ。

 中国から輸入しているものは沢山あるし、中国の人たちは日本の物が買いやすくなるし、日本の物価も引っぱられるように高くなるのかしら。
 アベノミクスの物価高だけでもけっこう厳しい感じなんだが……
posted by 柳屋文芸堂 at 23:12| 社会 | 更新情報をチェックする

2014年08月29日

何の奴隷でもない生き方を求めて

 デパ地下へ行くと、食料品の買い物をしている人のほとんどは女性である。
 男女平等と言いながら、家庭内の仕事はまだまだ女性に偏っている。
 男が家事をサボっている、というよりは、夜遅くまで働かされてとても家事まで出来ない、と言った方が正確なのではないか。

 女性解放はよく聞くけれど、同じように男性解放も必要だと思う。
 男性を縛っているのは組織(主に企業)だ。
 女性を縛っているのは男性で、男性は自由である、と考えてしまうと、色んな対処を間違える。

 諸悪の根源は組織にあるのに、被害者である男と女が無意味にいがみ合っているように見えることが、多々ある。
 日本人は組織に甘過ぎると感じるのだが、どうか。

 組織は男と女の労働とお金で回っている。
 意識さえすれば、圧力をかけることだって十分可能だ。
 別に全ての組織をつぶせと言っているのではなく、悪いことをしていたら見逃さず、しっかり罰するようにしようよ、っていうこと。

 戦う相手を間違えてはいけない。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:32| 社会 | 更新情報をチェックする

2014年08月28日

ブラックバイト

 ラジオのニュース番組で「ブラックバイト」の特集をしていた。
 長時間労働させるだけでなく、バイトしている人に金銭を請求することもあるらしい。
 200万円以上払うよう求められた例も紹介されていたけど、それはバイトじゃなく悪徳商法なのでは……?
 労働組合ではなく警察に相談すべき事件も混ざっているような感じだった。

 お金に困っている経営者は、けっこう簡単に法律を破る。
 経営に行き詰まって自殺する人だっているくらいなんだから、それよりは法律を破る方がマシ、という感覚になるのだろう。

 そういう人が私の勤めていた会社に、違法な行為をするよう迫ってきたことがあった。
「悪い人って本当にいるんだー」
 とアホみたいに驚いたのを思い出す。
 当たり前の事実なんだけど、すぐには飲み込めなかった。
 物語の登場人物に道で会っちゃったような感覚。


 悪い人は本当にいます。
 お金に困っている可哀想な人かもしれないけど、悪いことをしたら何はともあれその人は悪い人です。
 訳の分からない理由でお金をむしり取られたりしないよう、どうかどうか、気をつけて。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:12| 社会 | 更新情報をチェックする

2014年08月16日

少しでもここを生きやすい場所にするために

 自殺率の低い徳島県旧海部町という街を調べてみたら、
「いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい」
 と考える人が多かった、という話を前に紹介しましたが(この記事
 海部町以外の場所でそういう思想を求めるのはなかなか難しいだろうなー と思う。

 日本人はもともと均質ではない。
 考え方も、生き方も、性格も、欲望も、能力も、体力も、収入も、資産も、人によって全然違う。
 にもかかわらず、
「みんな同じである」
 と信じることによって安心感を得ているのではないだろうか。

 貯金100万円の人と、貯金1000万円の人と、貯金1億円の人がいるとする。
 貯金100万円の人はお金が十分あるような顔をし、
 貯金1億円の人はお金持ちであることを隠し、
 まるで3人は同じ生活レベルで暮らしているようなふりをしておしゃべりする。

 他人との差をなるたけ隠し、
「私はあなたと同じです」
 と示し続けることが、日本人のたしなみなのかな、と思う。

 ちょっとでも「違い」が見つかってしまうと責め立てられる。
「正社員にならないの?」←若い頃よく言われた
「車は買わないの?」
「家は買わないの?」
「働かないの?」←この3つは最近よく言われる

 前にも書いたけど、痩せていることもあれこれ言われる原因になる。
 とにかく平均から外れたら周囲がざわつく。

 私は「周囲に合わせる」というのが下手なので、これまで何度も出る杭のように打たれてきた。
 生きにくい、と感じることが非常に多い。
 嫌な思いをしないで済むように、人と会うのをやめようかな、と考える時もある。
 そうするとどんどん孤独になる。
 
 「多様性」「ダイバーシティ」なんて言葉を使っても、日本には根付かないと思う。
 日本人は多様性に耐えられないのだ。
 違いが見つかったら、害虫を殺すみたいにつぶす。
 ほとんど習性と言って良い。簡単に変えられるものじゃない。

 そんな日本にも、素晴らしい言葉がある。

「よそはよそ、うちはうち!」

 親の説教として聞くと腹立たしいかもしれないが、自分の心の中でつぶやくと、けっこう元気が出る。

 どうして私は仕事と家事を両立出来ないんだろう?
 他の人は出来ているのに……
「よそはよそ、うちはうち!」

 どうして私は才能も無いのに小説を書くのを諦められないのだろう?
 他の人はとっくにやめているのに……
「よそはよそ、うちはうち!」

(あまり良い例が思い付かなくて申し訳ない……)

「よそはよそ、うちはうち!」
 という言葉で「みんな一緒圧力」と戦いたい。
 平均から外れてしまった全ての人と共に。

 生きにくいのも、孤独も、もう嫌だから。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:57| 社会 | 更新情報をチェックする

2014年07月31日

空き家のニュース

 ここのところ、
「空き家の数が過去最多に」
 というニュースがあちこちで流れていますね。

 空き家から火が出て、知り合いが経営している店に燃え移り、全焼したことがあります。
 そういう経験があると、空き家の増加は非常に不安です。
 特に人口密集地。

 前に乗ったタクシーの運転手さんの弟は、地主の所に婿入りしたため、土地や建物を多く所有しているという。
 古い空き家もあるが、
「下手に売って損を出すと親戚がうるさいから、そっとしているそうですよ」
 とのこと。

 空き家は売るか貸すかしてくれないと、人の住める場所の価格や賃料は下がらず、
「空き家だらけなのに家賃は高いまま」
 ということになりかねない。

 空き家対策は治安対策であると同時に少子化対策にもなるはず。
 安くて広い家を手に入れられたら、子育てしやすくなるもの。
 土地持ちの人は、ボランティアの気持ちで空き家を流通させてくれないだろうか。

 売る気も貸す気も壊す気もない「そっとしている」空き家がいっぱいで、人のいない街。
 空き家対策が進み、不安なく暮らせる、人の増える街。
 今後はどんどん二極化していくのかもしれない。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:37| 社会 | 更新情報をチェックする

2014年07月25日

出来過ぎたキャベツ世代

 友人が、
「新入社員が大事にされ過ぎてるっ」
 とプンプン怒っていた。

 確かに私たちの頃はあんまり大事にされなかったからねぇ。
「君が辞めたって、代わりはたくさんいるんだよ」
 というのを態度で示されることが多かった。

 まあ、日本の人口ピラミッドを見れば、それも当然だろうなと思う(これ
 私たちは上から2番目のでっぱりの、ちょっと下くらい。
 団塊の世代と団塊ジュニアがバリバリ働いているところに入り込もう(=就職しよう)としたんだから、そりゃ冷遇されるよな。

「俺たちは腐ったみかんなんかじゃねぇ!」
 という有名なセリフがありますが(細かい言い回しが間違っていたらごめんなさい)
「私たちは出来過ぎたキャベツだ!」
 最初からつぶされる運命。
 
 今、人手不足が騒がれているのは、団塊の世代が本格的に引退し始めたということなんじゃなかろうか。
 物の値段と同じように、人間の価値も需要と供給で決まる。
 我々の世代は需要が少なく、供給が多かった。
 今は逆。

 友人は怒っていたけど、人間が大事にされるのは良いことだと思う。
 酷い方に合わせることはない。

 人口ピラミッドのでっぱりに当たる人々は、一生大事にされない。
 自分の属する世代から逃れるのは不可能だから。
 その代わり、数の力で世の中を動かすことが出来る。
 団塊の世代は存分に行使している。

 私たちの世代は何だかやられっぱなしみたいだ。
 でっぱりの短所と長所を、もっと意識すべきだろう。
 つぶされないために。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:08| 社会 | 更新情報をチェックする

2014年07月16日

ひとつだけ

 原発事故後、節電のために、
「何かする時は『ひとつだけ』」
 と決めました。

 それまでは音楽を聞きながら本を読んだり、ラジオを聞きながらパソコンをやったりしていたのですが、
「その時に一番やりたいこと」
 以外のスイッチは切るようにしたのです。

 だから本を読む時もパソコンをやる時も、無音。
 夕飯のメニューを考える時も、無音。
 節電になるだけでなく、この方が集中出来る。

 食器洗いや料理はラジオをつけてやりますが。
 手を動かす作業は音がないとつまらないので。
 頭を動かす作業は無音が一番。
(もちろん人によるでしょう。私の場合、です)

 原発事故は悲しい出来事だったけど、そこから様々なことを教わった。
 こういう小さな工夫から、大きな社会のうねりまで。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:28| 社会 | 更新情報をチェックする

2014年07月07日

若者と年配者のすれ違う叫び

 Twitterで年配の人たちに対して、
「若者がどれだけ低賃金で働いているか知って欲しい」
 と訴えかけている人がいた。

 一方、新聞には、
「若者は何故デモに参加しないんだ!」
 と怒っている60代男性の意見が載っていた。

 総務省のサイトにある資料(これこれ(インターネットの利用動向))によると、60〜64歳のインターネット利用率は約70%、65歳〜69歳は約60%、70歳〜79歳は約50%、80歳以上は約25%、となっている。
 利用目的のグラフがちょっと分かりにくいのだけど、60歳以上でマイクロブログの閲覧・投稿をしているのは5%以下だ(他の年代の%も妙に低い。TwitterはSNSとして数えられたのか? そうだとしても60歳以上の利用はやはり5%以下)

 何が言いたいかというと、Twitterで年配の人たちに文句を言っても、届かないんじゃないか? ってこと。

 一方新聞はこの逆で、10代(18歳〜)の約60%、20代の約45%が「読まない」
メディアに関する全国世論調査(2012年)より)

 若者も年配者も、目的の人に届かない虚しい叫びをしている可能性が高い。
 もし誰かに言いたいことがあったら、その誰かが見ているものに文句を載せるようにしないと意味が無いだろう。
 愚痴をこぼしてガス抜きしたいだけなら構わないんだけどさ。

 いくら愚痴を言っても不愉快な世界は変わらない。
 そんなの私は絶対イヤ。
 たとえ効果が見込めなくても、不愉快の発生源になるたけ近いところに言葉を投げていきたい。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:10| 社会 | 更新情報をチェックする