2018年03月25日

熊本旅行記 あとがき

熊本旅行記(5日目 大阪・京都に寄り道)の続き)

 熊本地震から二年。行く前に考えていたより、沢山の傷跡が残っていました。不通が続く阿蘇の鉄道。立ち入り禁止の夏目漱石の家や熊本城。

 それでも飲食店の美味しいものを食べさせる力は完全に回復していて、熊本のみなさんの努力に胸が熱くなりました。きっと地震の直後には休業していたと思うのです。農家や料理人の生活が元通りになってようやく、食卓に美味しい食事が並ぶ。それは決して、当たり前のことなんかじゃない。

 熊本には鶴屋百貨店を始め、熊本日日新聞やおべんとうのヒライなど、熊本県内を強固に守っている企業が数多く存在します。そのあり方そのものが熊本城的です。欲張らずに、手の届く範囲のものをしっかり大切にする。熊本の人たちの地に足の着いた商売を見ていると、その真っ当さに心がほっとします。

 修復しなければいけないものはまだまだある。でも熊本は大丈夫。熊本城と阿蘇五岳という「中心」を見つめながら、熊本市民も阿蘇の人たちも、ばらけることなく生きてゆくのだと思います。中心があり過ぎる東京の近郊に住む私には、そういう落ち着いた暮らしが羨ましい。

 このささやかな旅行記が、見知らぬ誰かの熊本旅行の参考になれば嬉しいです。阿蘇の「ひめ路」と「olmo coppia」、熊本市の「橙書店」にはぜひ行ってみて欲しいな。

 ここまでのお付き合い、ありがとうございました。熊本で育った男の子が出てくる小説、頑張って完成させますね。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 14:57| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

2018年03月24日

熊本旅行記(5日目 大阪・京都に寄り道)

熊本旅行記(5日目 熊本市)の続き)

 新幹線の席が右側だったので、左側の見える出入口にずっと立っていた。私は九州新幹線開業のCMが大好きで、あの風景を実際に見てみたかったのだ。



 しかし熊本駅から博多駅の間に田園や運動場が何個もあって、
「ここはあのシーンの!……かも?」
 と意外に特定出来なかった。考えてみると、私がCMで胸打たれたのは景色ではない。そこで暮らす「人々」だ。みな、私と同じように生きている。喜びや悲しみを感じる愛おしい毎日が、無数に存在している。

 あれから七年経つ。CMの時ほどは人のいない農道を見つめながら、彼らの今を想像した。九州を離れた人もいるだろう。何も変わらず、トマトや米を作り続けている人もいるだろう。

 九州新幹線は博多が終点かと思っていたが、新大阪まで乗り換えなしで行ける。今回の旅で知った。博多を過ぎたので席に戻り、陣太鼓を食べた。



 思ったより甘過ぎないのは良かった。しかし、つぶあんなのがな〜(こしあんの方が好き)熊本土産の定番らしく、行く先々で売っていた。

 山口県を通るのは生まれて初めてだ。小さな山が連なっている。少しウトウトし、気付いたら広島! 大きなビルが立ち並び、都会じゃーん、と思った。
 私は地方に住む人たちの、土地への屈折した思いが理解出来ない。地方都市の外観は、東京と大して変わらないように見えるから。
 彼らが故郷を憎んだり愛したりする理由は、もっと精神的な何か、なのかもしれない。例えば濃密な人間関係や、親や周囲の古い価値観のようなもの。街をちらっと見ただけでは、そのあたたかさや面倒臭さを、自分の事としてとらえるのは難しい。

 新大阪では駅の中にある「神座(かむくら)」という店でラーメンを食べた。



 熊本でラーメンを食べずに何故大阪で、とは思ったけれど、関東では少なくなった醤油ベースの汁が嬉しい。白菜の味が優しい。
 関東はいつの間にか豚骨ラーメンとつけ麺だらけになってしまった。こういう醤油ラーメンも食べたいんだけどな〜

 在来線で京都に移動し、伊勢丹で朽木旭屋の鯖ずしを購入。一昨年の京都旅行で食べて、そのまろやかな味を忘れられなかったのだ(その時の記事はこちら
「私たち、熊本から東京に帰るところなんです。これを買うために京都で途中下車したんですよ!」
 とお店の人に言ったら、二切入りパックをおまけでくれた。わーお!

 阿闍梨餅も買いたかったが行列が長くて断念。いったいどんなお菓子なのだろう。いつか食べてみたいなぁ。

 東京行きの新幹線に乗る。外が雪景色になった。窓は濡れ、空は暗い。熊本市内が暖かかったから、もう真冬は過ぎたかと思ったのに。
 熊本は日が落ちるのも遅かった。関東より三十分ほど後だろうか。一日が長く感じた。新幹線で季節を遡るようだ。

「私、熊本に行って元気になった気がする」
「それは良かった」
「日常と旅行と、何が違うんだろう」
「普段の生活では、風景が足りないのかもしれないね」

 遠くなってゆく熊本も、Dちゃんと眠る自宅のベッドも、同じくらい恋しかった。

(熊本旅行記 終わり)

あとがきもあるよ)
posted by 柳屋文芸堂 at 19:11| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

2018年03月23日

熊本旅行記(5日目 熊本市)

熊本旅行記(4日目 江津湖など)の続き)

2018年2月17日
 早朝、Dちゃんがバタバタする音で目が覚めた。
「バスルームの水道が、お湯の栓をひねっても、水の栓をひねっても、熱湯しか出なくなっちゃって」
「えっ」
「フロントに電話する。うるさくするけどごめんね」

 すぐにホテルの人が来てくれた。つなぎを着た技師のおじさんも一緒で、水回りをあちこち調べてみたものの、
「訳が分かりませんな」
 とお手上げ。お湯が出なくなるならともかく、お湯しか出なくなるなんて。

 幸い隣が空室で、そちらを使えることになり、Dちゃんはシャワーを浴びに行った。手を洗うくらい平気だろうと、元の部屋のトイレに入ってみたら、みるみる熱湯になってしまい大変だった。トイレを流す水も熱湯だった気がする(レバーが熱かった)

 朝食後、荷物も全て移動させ、本格的に隣の部屋に引っ越した。元の部屋より豪華! 広々として明るく、休憩用のソファーもある。窓も大きい。
「名古屋城がよく見えるよ」
 とDちゃんが言うから可笑しかった。こんなところで名古屋城を見てどうする。

 青空の下、修復中の熊本城の天守閣が、独り占めするように綺麗に見えた。

 寂しいことに、豪華な部屋とはすぐにお別れ。午前のうちに熊本を離れるのだ。ホテルをチェックアウトし、市電(路面電車)の停留所へ。熊本市に滞在中、ずいぶん市電を利用した。段差がなくて乗りやすく、本数も多くて便利だ。



 路面電車が人々を運び、賑やかで、しかし東京より少しおっとりしている。車両と熊本城を見つめながら、
「ああ、ここが、あの子の育った街なんだ」
 と実感した。まだ書き終わっていない小説に出てくる、私しか知らない架空の男の子。熊本のことはガイドブックやネットで調べて、ただひたすら想像していた。そんな乏しい情報だけを頼りに書いたのに、私は大きく間違いはしなかった。読んだ人がどう感じるかは分からないけれど。
 まずは書き終わらせないとね!


↑奥に鶴屋が見えますね。真ん中のおじさんはゴミ拾いをしていて、街を大切にしているんだな〜と。

 九州新幹線に乗るために熊本駅へ。移動中に食べようと「陣太鼓」というお菓子を買ったら、
「鶴屋に行ったんですか?」
 とお店の人が目をキラキラさせて尋ねてきた。Dちゃんが鶴屋の紙袋を持っていたのだ。熊本の人たちは何故これほど「鶴屋」に反応するのか。原理は分からないが、熊本の人と仲良くなりたいと思ったら、真っ先に鶴屋の紙袋を手に入れるべきかもしれない。

「さようなら」
 親しげに話しかけてくれた、熊本の人たち。熊本弁はほとんど聞けなかったけれど、熊本特有の、人と人の距離の近さを感じられた気がする。
「ありがとう」
 熊本にいる間、あらゆる場所でこの言葉を見た。地震の時の支援に感謝するものだ。
 生活を立て直し、美味しいものをいっぱい食べさせてくれて、こちらこそありがとう。

<旅の備忘録>
☆ホテルに頼んで荷物(スーツケース)を宅配便で送ってもらったら、帰り道が非常にラクだった! 旅行疲れも減るので、使えるものはケチらず使おう。
☆熊本市の中心は熊本駅ではなく熊本城です。交通網も繁華街も熊本城から伸びているので、熊本城前のホテルに泊まって正解でした。

熊本旅行記(5日目 大阪・京都に寄り道)に続く)
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2018年03月10日

熊本旅行記(4日目 江津湖など)

熊本旅行記(4日目 水前寺成趣園など)の続き)

 食後は江津湖の方に向かった。細長い湖で、小川の横を歩いていくと、だんだんそれが太くなり、大きくなる。



 成趣園と同様に水が綺麗だ。サギやカモなど、様々な種類の水鳥が見られる。靴べらのようなくちばしを持つ白い鳥が珍しかった(後で調べてみたところ、絶滅危惧種のクロツラヘラサギかもしれない!)





 風景を眺め、野鳥を観察しながら散歩するのは心安らぐ。



 木のように背の高い草がずらっと並んで枯れており、文明の滅んだ惑星に降り立った気分になった。あれはおそらく芭蕉だったのだろう。春には新しい芽が出て、夏にはホタルが見られるという。

 平日のせいか人は少なく、デートをするなら成趣園よりこちらの方が良さそうだ。誰も見ていないタイミングをねらってチューしたりするのも楽しそう。
 Dちゃんにねだってみようかとも思ったが、どうせ二人でホテルに泊まっているのだし、わざわざ外でしなくても、と考えてしまうところが夫婦だ。部屋の中で落ち着いてしよう。

 市電に乗り、
「また鶴屋に寄ってお土産を買おうか」
 とDちゃんに言ったら、
「どちらからいらしたんですか」
 と年配の女性に声をかけられた。

「埼玉です」
「そうですか。鶴屋の話をしていたから」
 と笑う。どうして鶴屋の話をしていたら声をかけるのか分からないが(もう他人ではないということなのか?)地元の人の意見を知るまたとないチャンスと思い、こちらからも質問してみた。

「街を歩いていても熊本弁を聞かないんですけど、みなさんあまり使わないんですか?」
「いや、子供叱る時なんかには使いますよ。『すーすっす!』とかね。でもテレビの影響で、だんだん使わなくなってきましたね」
「私、ヨシおっちゃんが好きで、ああいう熊本弁が聞きたかったんです」
「カツラかぶってる人ね」
「そうです」
「私もヨシおっちゃん好き」
 もっと話したかったが、鶴屋前の停留場に着いてしまい、大慌てでお礼を言って別れた。

「ヨシおっちゃんの話をし始めて、賭けに出たなとハラハラしたよ」
 とDちゃんが苦笑する。
「知ってて良かったねぇ」
 ヨシおっちゃんは熊本のケーブルテレビで活躍しているタレントさんだ。YouTubeで検索すれば、彼の熊本弁講座を見ることが出来る。熊本でどれくらい知られた存在なのか分からないが、話が通じて助かった。

 鶴屋でお菓子のお土産を買い、熊本城に向かった。地震後は城内のほとんどが立ち入り禁止になっているので、外側の石垣沿いの道を歩いた。この石垣は「長塀」と呼ばれ、国の重要文化財であるらしい。夕闇の中でしんと静かな石垣を眺めながら、ここで積み重ねられてきた月日を思った。

 城の隣にある「城彩苑」という観光施設で、母へのお土産を買った。透明なアクリルの中に、小さなくまモンが入っているキーホルダーだ。
「お母さんはきっとこういうのが好きだと思う」
 とDちゃんが選んでくれた。母は可愛らしいミニチュアに目がないのだ。

 夕飯は「勝烈亭」という店でとんかつ。



 Dちゃんが、
「この後、熊本ラーメンも食べようか」
 と高カロリーなことを言い出すので、ひれかつを一切れ分け与えた。二人とも無事まんぷくになり、そのままホテルへ戻った。

熊本旅行記(5日目 熊本市)に続く)
posted by 柳屋文芸堂 at 17:14| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

2018年03月07日

熊本旅行記(4日目 水前寺成趣園など)

熊本旅行記(3日目 鶴屋百貨店など)の続き)

2018年2月16日
 朝食後、市電に乗って水前寺成趣園へ。丁寧に手入れされている、気持ちの良い日本庭園だ。着物姿で写真を撮っている中国人カップルなどもいて、微笑ましい。



 大きな池の周りをぐるりと一周する形なので、駒込の六義園を思い出した。東京の庭園との違いは、何と言ってもその透き通る水! 小さな魚が群れを成して泳いでおり、そのしらすのような姿(と言っても10センチくらいだと思う)が、底の方までくっきり見える。

 ぱらりと小雨が降ってきて、水面に波紋が広がった。



 まるで映画「言の葉の庭」みたいだ。脳内で主題歌の「Rain」がずっと流れていた。



 能楽殿を激写する私を、Dちゃんが遠くから激写していた。Dちゃんが撮る私の写真は、私への優しい視線が写っているようで好きだ。

 小さなカモがエサを獲る様子が可愛かった。普通のカモの四分の一くらいの大きさで、ぴょこんと水中に潜ると、急に動きが速くなる。





 正門前の参道では、大量の晩白柚(ばんぺいゆ)が売られていてびっくりした。晩白柚というのは巨大な柑橘類で、メロンとスイカの間くらいの大きさがある。初めて見た時には、そんなミカンがあることが信じられず、白昼夢だったのかな? としばらく思っていた。ここではその晩白柚が、六個入りで箱に入っていたりする。さすが名産地、と感心した。

 お昼は「CAFÉ LA PAIX」でカレー。チャツネ味の強い甘口だった。熊本にはずいぶん沢山おしゃれなカフェがあって驚く。東京ほど地価が高くないから、個人が起業しやすいのだろうか。何にせよ羨ましい。

熊本旅行記(4日目 江津湖など)に続く)
posted by 柳屋文芸堂 at 00:52| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

熊本旅行記(3日目 鶴屋百貨店など)

熊本旅行記(3日目 橙書店など)の続き)

 歩きで熊本城の方向に戻り、リズムという喫茶店でエスプレッソプディングを食べた。音楽がテーマのお店らしく、プディングにも音符の形のクッキーが載っていて、可愛かった。

 熊本には「鶴屋」というデパートがある。我々はここで、パジャマやらハンカチやら「別に今ここで買わなくても良いのでは?」なものを購入した。足りなくなった訳ではない。普段Dちゃんが忙しくて出来ない買い物をしただけだ。
 鶴屋の紙袋にはゆるキャラ「つるッピー」の漫画が印刷されている。





 熊本城の形をしている「ひごまる」や、熊本城マラソンのマスコット「きよくま」など、熊本にはくまモン以外にもゆるキャラが大勢いて、みな熱心に働いている。

 夕飯は焼き鳥屋「ひょご鳥」へ。
 隣に座った女性二人は最初、標準語で話していたのだが、飲んで酔っていくにつれ、だんだん熊本弁になっていった! 耳を澄ますと「たいが」旦那への不満が溜まっていると言う。ひたすら愚痴だった。
 熊本弁というのは「本音」のための言葉なのかもしれない。だから「私」を出すべきではない公の場では、使われないのか。昼間、街を歩いているだけでは滅多に聞かない。



 Dちゃんはここの焼き鳥がいたく気に入ったようで、嬉しそうに食べているのを横で見ているのが幸せだった。そのDちゃんの表情を永久保存しようとカメラを向けたが、何回撮影しても「眠そうなDちゃん」しか写らない。なんで……?
 野菜も美味しく、特に分厚く切ったレンコンを焼いたものが良い味だった。

熊本旅行記(4日目 水前寺成趣園など)に続く)
posted by 柳屋文芸堂 at 22:59| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

熊本旅行記(3日目 橙書店など)

熊本旅行記(2日目 熊本市)の続き)

2018年2月15日
 このホテルの食事は豪勢で、朝から茶わん蒸し付き! 納豆のたれの色が、だし汁のように淡い。福岡で食べたものと同じだ。九州の納豆はみなこうなのだろうか。

 午前中は部屋でのんびりし、私はこの旅行記のためのメモを書いた。旅行中は旅行そのものを楽しむのに忙しく、やったこと・あったことを記録するのは煩わしい。それでも旅に出るのは貴重な体験なので、毎回薄いメモ帳を用意し、小まめに開いて何かしら書いておくようにしている。詳しくない、雑なものでも、出来事を思い出す手がかりになる。

 昼は「大地のうどん」という店へ。どんぶりに載りきらない立派なごぼうの天ぷらが特長だ。



 ごぼうはささがきではなく太いものを薄切りにしており、噛むと甘みを感じる。

 会計を済ませて外に出ると、同じ店でうどんを食べていたおじさんに声をかけられた。埼玉から来たことを話したら、おすすめのラーメン屋を教えてくれた。旅行者にはうどんではなく熊本ラーメンを食べてもらいたいのかな……?

 その後、市電(路面電車)に乗り、村上春樹が朗読会をしたことで知られる「橙書店」に向かった。村上春樹が国内で読者と直接会うイベントを行うのは極めて珍しい。彼に選ばれた特別な本屋さんをぜひ見てみたかった。

↓さて、どこにあるでしょう?






 橙書店、という小さな表示のあるビルの階段を上がる。まさに隠れ家。一度気付かずに通り過ぎてしまい、道を戻ってどうにか見つけた。そんな場所にあるにもかかわらず、私たちが扉を開くと、先客がいた。後から別のお客も入ってきた。平日の昼間の本屋にしては賑わっている。

 ここの本の並び方は五十音順や出版社別ではない。ゆるいジャンル分けはあるが厳密ではなく「言葉の力を信じている、センスの良いお姉さんの部屋に忍び込んだ」ような気分になる。

 ここならではのものを買いたいと思いつつ、
「あれ、この本、アマゾンでは品切れだったのでは?」
 なんて理由で、前から知っている本を選びそうになる。私の読書に偶然の出会いは少なく、読もうと予定しているものを消化していくだけになりやすい。自分が敷いたレールから外れることが出来なくて、困ったものだ。

 詩集が多く並ぶ棚で見つけた「尾形亀之助」という人の本が気になった。江國香織の小説「ホリー・ガーデン」に出てくる詩が、この人のものではなかったか。
「ねえ、これ、果歩さんがつぶやく詩の作者じゃない?」
 果歩というのはホリー・ガーデンの主人公だ。Dちゃんも江國香織は好きで読んでいるが、今は自分の本選びに夢中で関心を示してくれない。私のスマホは文章書きに集中出来るよう、ブラウザが開けない設定になっている。検索して調べることも出来ない。

 さんざん悩んだが、作風がその日の気持ちとズレていたこともあり、尾形亀之助の本は買わなかった。

 本棚のあちこちにカフカの「城」があったのが面白かった。やはり熊本では「変身」や「審判」より「城」が親しまれやすいのか。

「僕は決まったよ」
 とDちゃんが言う。作者もタイトルも全く知らない外国文学だ。ちゃんと偶然の出会いを楽しんでいる!

 私は寺田寅彦の随筆にした。前から読みたいと思っていた作家なので「予定通り」ではあるのだけれど、これまでぴたっとくる本を見つけられなかった。橙書店にあった選集は「今まさに読みたい」感じが強くした。
 肉を食べたい日や豆腐を食べたい日があるように、今日は寺田寅彦を食べたい気分なのだろう。

 橙書店の後は、夏目漱石が住んでいた家に行くことにした。途中で寄ったコンビニに、60年代風の長髪のおじさんがいて、ムッシュかまやつが天国から戻ってきたのかと思った。

 夏目漱石は四年ちょっとの熊本滞在の間に、五回も引っ越しをした。私たちが訪れた内坪井旧居は、最後から二番目に住んだ家だ。



 以前は記念館として内部が公開されていたが、地震後は立ち入り禁止になっている。柵の外側から眺めていると、あっ! 漱石先生もこちらを見ている!





 からくり人形が窓辺に置かれ、見学者を出迎えてくれているのだ。柵には解説パネルが設置してあり、パンフレットも自由にもらえる。これを読んで、寺田寅彦が五高(現在の熊本大学)で夏目漱石と出会ったのを知った。おお、私は意図せず熊本ゆかりの本を買っていたのか。

 Dちゃんがスマホを見ながら言う。
「さっきの尾形亀之助、やっぱりホリー・ガーデンの人だったよ」
「えーっ!」
 せっかくの機会だったのだから、寺田寅彦と両方買えば良かった。後悔。

「橙書店、ちゃんと読める本が並んでる良い本屋さんだったね。普通の本屋でよくある『これもハズレ、これもハズレ』ってことがなくて」
 興味深い本ばかり集められた中から、今一番読みたいものを決めるのは、本当に楽しかった。ああいうセレクトショップ的な本屋さんが増えると良いんだけどなぁ。

熊本旅行記(3日目 鶴屋百貨店など)に続く)
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2018年02月26日

熊本旅行記(2日目 熊本市)

熊本旅行記(2日目 阿蘇)の続き)

 バスの中でいきなり団子を食べた。変わり種も買ったが、普通のタイプ(どこにでもあるさつまいもに、黒いこしあん、白い餅)が一番美味しかった。
 バスは中国人客でほぼ満員。予約しなかったらまた乗れなかったかもしれない。こちらに来て熊本弁はほとんど聞いてないが、中国語はたっぷり聞いた。

 阿蘇の店やホテルで働く人たちは、みな同じ独特のイントネーションで話していた。きっと親しい人に対しては熊本弁を使うのだろう。語尾や文法は完全に標準語だった。

 阿蘇から熊本市中心部まで約二時間。熊本城の前にあるホテルにチェックインし、味処「お川」へ。こざっぱりした小料理屋だ。
 ここで「一文字ぐるぐる」を食べることが出来て感激した。



 熊本名物の酒のつまみで、茹でた青ネギをぐるぐる巻いて結ったもの。酢みそがかけてある。
 何故わざわざこんな形にするのか、面倒だろうに、と思っていたら、
「結わうことで歯応えを出しているんです」
 と店主のおじさんが教えてくれた。なるほど確かに、巻かれた部分を噛むとコリッとする。ぐるぐるするひと手間が、青ネギを青ネギ以上の素敵な何かにしている。

 メニューに「山するめ」という見慣れない単語がある。干したたけのこをこう呼ぶのだという。店のおばさんが実物を見せてくれた。茶色く透明感があり、見た目がスルメに似ている。山するめの入ったおひたしを食べると、身が締まっていて、生のたけのことは歯触りが違う。

 高野豆腐やがんもどきなど、あれこれ頼んだが、どれもだしが利いており、それぞれの素材に合った味付けがされていて、Dちゃんも喜んでいた。なすの煮物が特に美味しかった。

 店主のおじさんは熊本城の写真をくれた。地震前の勇姿ではなく、修復中で足場の組まれた姿を写しているのが、熊本への愛を感じた。
 おばさんの熊本愛もすごくて、Dちゃんはしらすご飯を頼んだのに、
「熊本に来たならこれを食べて欲しい」
 と、熊本でしか食べられない「御飯の友」というふりかけ付きの白米に変更させられていた。

 料理は文句なしに美味しい。でもおじさんとおばさんの個性が強めなので、割と人を選ぶ店かもしれない。私は勉強になったし、良い思い出になったけれど。

 このお店でも熊本弁は聞けなかった。あのおじさんとおばさん、私たちがいなくなった途端に、熊本弁で話し始めるのだろうか……

 羽田を出発したのは昨日なのに、妙に遠く感じられ、もっと長く熊本にいるような気がする。見たことのない風景を沢山見て、初めてのものを色々食べて、普段の何倍も脳の記憶領域を使ったのかもしれない。「歳を取ると時の経つのが早くなる」と言われるのは、変わり映えのしない毎日を送りがちになり、記憶が残らなくなるためではないか。

 思い出の量が、時間の感覚を作る。楽しいことを数多く経験すれば、年齢に関係なく、時間は充分長くなる。

熊本旅行記(3日目 橙書店など)に続く)
posted by 柳屋文芸堂 at 23:37| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

2018年02月24日

熊本旅行記(2日目 阿蘇)

熊本旅行記(1日目)の続き)

2018年2月14日
 ホテルの朝ごはんは、もやしと豚肉を蒸したものと、地元で採れたという苦みのあるレタスが美味しかった。辛子れんこんもあり、こちらに来て初めて熊本らしいものを食べた。



 春節が近いため、周りはみんな中国語だ。

 食後、外に出て写真を撮った。
「空が近いね」
 とDちゃんが言う。



 確かに、山の斜面に雲がかかり、歩きで雲の上まで行けそうだ。



 部屋に戻って、窓からぼーっと阿蘇の景色を眺めていたら、
「旅行に来る前の私は、何であんなに追いつめられていたのだろう」
 と不思議に思った。やらなければいけないことは沢山あるのに、やる気が起きなかったり眠かったりで、てきぱきと動くことが出来ず、落ち込んでいた。

 ここではまずやらなければいけないことがないし、いっぱい寝られるし、ただ無心に山や畑を見つめているだけで楽しい。冬の阿蘇は想像以上に寒く(南の方にあるから関東より先に春が来ていると勘違いしていた)温泉好きでもなければ「何しに来たの?」という感じではあるのだけれど、やっぱり来て良かったと思った。

 昼は昨日とは違う郷土料理のお店「ひめ路」に向かった。ホテルから二キロほど離れている。阿蘇の店や道は明らかに車を持っている人用に出来ていて、車なしの我々はなかなか大変だ。しかし裏道を歩くと、家並の途切れた空間など、あちこちから美しい山が現れて素晴らしい。雪化粧された山肌が日に当たり、薄紅色に光っている。心なごむ眺めだった。





 ひめ路には開店前に着いた。



 昨日のことがあるから、まず営業しているのかが気になった。



 おっ、灯りが点き、開店の準備をしている様子! 入り口の横で待っていた我々にお店の人が気付いてくれて、開店時刻の前だというのに中に入れてくれた。ホテルから歩いてきたと言うと驚いていた。駅からも遠いし、普通は車で来るより他ない場所だ。

「ふお〜 ようやく食べられる〜!」
 だご汁と高菜めしの定食がテーブルにやって来た。



 だご汁にはカボチャ、ごぼう、にんじん、里いも、しめじ、青ネギに、ぴらっとしたすいとん(小麦粉のだんご。だご)が入っている。優しいみそ味で、だしが主張する訳ではないのにしっかり美味しい。私は家でよく高菜チャーハンを作るのだが、ここの高菜めしはそれよりも、高菜の酸味を利かせている。小鉢の味も良く、素朴ながら最高の阿蘇ごはんだった。

 再び裏道を二キロ歩いてホテルに戻り、預けていたスーツケースを受け取って駅まで一キロ歩く。

 途中、鳥など動物の形に刈り込まれた植木が無数に並ぶ家があった。
「村上春樹の熊本旅行記にも、こういうのが出てきたな。この辺りではやる人が多いのだろうか」
 とぼんやり通り過ぎてしまった。後で調べてみると、どうやら村上春樹が見たのと同じ人だったらしい(苗字が一緒)村上春樹オタクとしての聖地巡礼だったのに、その場では気付かなかった。うう。

 道の駅に寄り、ソフトクリームを食べる。濃いのとさっぱりしたのと二種類あって選べるのだが、残念ながら濃い方は品切れ中だった。さっぱりした方も悪くない。

 阿蘇駅で荷物をコインロッカーに入れ(スーツケースが収まる大きさで助かった)「olmo coppia」というカフェを目指す。

 阿蘇の特徴はとにかく360°山に囲まれていて(外輪山と火口のある中心部)ある程度高さのあるところからならぐるーっと一周、山が見える。




↑Dちゃんがスマホのアプリを使って全方向撮影してくれた。

 こんな景観は初めてで珍しく、何度もくるりくるり回って周りを見渡した。

 olmo coppiaは田畑と住宅地の間にある。



「何故ここにこんな店が?」
 と首をひねってしまう程おしゃれだった。



 東京でもこんな素敵なカフェはそうそうない。

 二人でホットジンジャーエールを頼み、Dちゃんはガトーバスクというケーキも食べた。パイナップルのジャムが挟まったタルトで、添えてある金柑のコンポートが特に美味しかったそうだ。





 何だか今日は食べ物運が良いぞ、私たち。

 この店には暖炉があり、時々たき木がぱちっとはぜた。





 エアコンの生活は本当に便利なのだろうかと疑い始めるほど暖かい。本物の火が、体の芯までじわーっと暖めてくれる。お店の人も親切で可愛らしかった。

 駅に戻る高台で、360°山の眺めを名残惜しんだ。こういう土地で育つと、山に守られている気持ちになるのだろうか。山に阻まれてどこにも行けないと絶望するのだろうか。地形はあまり関係ないのだろうか。

 阿蘇五岳はブッダの涅槃像にたとえられるという。
「あの山が顔で、仰向けになっているんだね」
「ブッダがぐーすかーって上向いて寝てるの? 横向きでしょ?」
 とDちゃんは言う。どっちなんだろう。



 熊本市へ向かうバスは、昨日のうちにDちゃんがスマホで予約しておいてくれたので、無事に乗ることが出来た。
 阿蘇の山と別れるのが寂しかった。

熊本旅行記(2日目 熊本市)に続く)
 
posted by 柳屋文芸堂 at 13:34| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

2018年02月21日

熊本旅行記(1日目)

2018年2月13日
 熊本に行ったこともないのに、熊本出身の主人公が出てくるお話を思い付いてしまったのは、三年ほど前だっただろうか。その小説はまだ書き終えていない。私はずっと、頭の中だけに存在する架空の熊本で暮らしている。実在の熊本には一生行けないような気がしていた。

 羽田を発ち、阿蘇くまもと空港に着いても、本当に熊本に来たのか、信じられないような気持ちだった。体調を崩すとか、交通機関が麻痺するとか、とにかく何かに阻まれて熊本にはたどり着けないと思っていた。私にとって熊本は、ロード・オブ・ザ・リングの中つ国のような「物語の中の世界」なのだ。

 私の混乱などお構いなしに、空港はくまモンだらけである。



 東京ではなかなか買えない熊本名物「いきなり団子」もあちこちで売っている。さつまいもとあんこを餅で包んだ素朴なお菓子で、日持ちしないのが難点だが、冷蔵庫に入れておけば明日も食べられると聞き、三個購入した。

 空港から阿蘇駅近くのホテルまでバスで移動するつもりだった……が! なんということ! 満席で乗れなかった! 次の便が来るのは一時間以上先だという。仕方なくタクシーを使うことにした。運転手さんは朴訥としたおじさんで、余分なおしゃべりはほとんど無かった。それでも少しだけ熊本弁を聞くことが出来たので嬉しかった。

 地震の被害が酷かった益城町を抜け、タクシーは坂道を登ってゆく。地震から二年近く経つが、通行止めの道路がまだ残っている。我々が進んでいるのは迂回路らしい。よく整備された道で、ガタつくこともなく快適だった。

 道が下りになり、田畑がマス目のように並ぶ風景が眼下に広がった。阿蘇の街だ。



 火口のある阿蘇五岳を中心とし、外輪山に囲まれたドーナツ型の平地に、人々が生活している。タクシーは外輪山を登っていたのだ。山肌は淡い黄色の枯れ草に覆われて、らくだのこぶのようだった。



 下りの道は曲がりくねり、いろは坂を思い出す。

 ホテルに着き、部屋に荷物を置いて、郷土料理が食べられる「山賊旅路」という店に向かった、が!



「本日の営業は終了しました、って札が出てる」
 とDちゃん。
「エーッ!」
 ここで食事をするために、店の斜め前のホテルに泊まることにしたのに(紹介が遅れましたが、Dちゃんと二人旅です)

 一キロほど歩き、阿蘇駅の横にある道の駅へ。休憩所のテレビでは、阿蘇を特集した番組の録画を流していた。ふと見ると、芸能人が「山賊旅路」で食事をしている。
「ずるーい!」
 しかしそう叫びながら食べたパンがメチャクチャ美味かった。「豆の木」という地元のパン屋さんの「ビールスティック」という商品。グリッシーニのようにカリッとしており、バターの香りがしっかり感じられる。店舗までは少し歩かないといけないので、道の駅で買えて良かった。

 ホテルに戻り、まだ七時前だというのにベッドにもぐり込んだ。こんな時間に寝ているなんて何だか病人みたいだ。旅行前の私は気が滅入り気味で、本当に病人だったのかもしれない。

<旅の備忘録>
☆羽田空港では、荷物を預けるカウンターが大行列で二十分ほど待たされた。手荷物検査もあるし、場内の移動も多いので、飛行機は出発時刻の一時間前には空港にいないと危ない。
☆交通機関は出来るだけ予約しておこう。バスの代わりに乗ったタクシーの代金はけっこうな額だった。ガイドブックには「予約不要」って書いてあるのに〜

熊本旅行記(2日目 阿蘇)に続く)
 
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