2019年12月31日

「ハプスブルク展」感想

 花總まりさんの音声ガイドが聞きたくて、上野の国立西洋美術館で開催中のハプスブルク展に行った、ら!
 甲冑に心を奪われてしまった……!!

 甲冑の絵ではなく、人間が着けて戦える本物の甲冑が4つも展示されていたのですよ!!
 鎖帷子(くさりかたびら)のようなものも見えて、
「ファンタジーみたい! ダンジョン飯みたい!!」
 と大興奮しました。

 まりさんの音声ガイドももちろん良かったです。
 「オデュッセウスとキルケ」という作品では、オデュッセウスを誘惑する魔女キルケのセリフをまりさんが言ってくれて、ため息まじりの声が色っぽかった。
 マリア・テレジアとマリー・アントワネットの往復書簡の紹介も、マリーの文章を甘えるような声で読んでくれて、活き活きした雰囲気に。

 マリア・テレジアの肖像画は、政治を執り行いながら16人の子供を産んだというのが凄すぎて、神話の登場人物のように仰ぎ見た。

 マリー・アントワネットの肖像画を描いたのは、マリー・ルイーズ・エリザベト・ヴィジェ=ルブラン。
 マリー・アントワネットが探してようやく見つけたお気に入りの女性画家。
 当時、女性の画家は少なかったのではなかろうか。
 光の描写が優しく、布や飾りの質感が繊細に伝わってくる。

 皇妃エリザベトの肖像画、皇帝に美貌を見初められたというのも納得の美しさ。
 花總まりさんはミュージカルでエリザベト(エリザベート)を演じているんですよね。
 どんな話なんだろう。

 絵画として魅力的だと思ったのは、ティツィアーノ・ヴェチェッリオの「ベネデット・ヴァルキの肖像」
 派手ではないけど、じんわり良い絵でしばらく眺めた。

 ペーテル・パウル・ルーベンス工房の「ユピテルとメルクリウスを歓待するフィレモンとバウキス」は、ギリシャ神話を元にした絵画。
 いかにもドラマの一場面という感じで、動きが見えるよう。
 「工房」なので作者は1人ではなく、人物や静物など、それぞれ得意な人が担当したという。
 この人たち、アニメという表現手法を知っていたら、作ってみたかったのではないか……

 展示は2020年1月26日まで。
 歴史好きな人はもっと深く楽しめるんだろうな〜
 花總まりさん目当てでも、充分勉強になりました。

 まりさんが出演する舞台もいつか見てみたいです!
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:22| 美術 | 更新情報をチェックする

2019年12月14日

安西カオリ・安西水丸『さざ波の記憶』出版記念展

 表参道の「山陽堂ギャラリー」で開催中の、水丸さんの絵の展示に行ってきました。

 青い線だけで構成されたシンプルな風景画を見ていると、
「こういうの、私にも描けそう」
 とつい思ってしまう。

 奥行のある空間の描写は、明らかにプロの仕事だ。でもその気負わない、ゆるゆるとした線は、
「怖がらないで君も描いてみたら?」
 と微笑みかけてくるようだ。

 一人ひとりに「自分の字」があるように、誰しも本当は「自分の絵」が描けるはずなのだろう。

 

 このギャラリーのある山陽堂書店、置いてある本がどれも親しみやすくて素敵な本屋さんだった。
 水丸さんのポストカードも10種類ほど販売しており、さんざん悩んで悩んで、灯台とスノードームが描かれたものを選んだ。
 一番水丸さんらしい絵だと感じたので。他のも欲しかったな〜

 展示は12月21日まで(12月14日と日曜祝日はお休み)

 広島県三次市の奥田元宋・小由女美術館でも水丸展をやっているそうで、近くの人が羨ましい!!
 
posted by 柳屋文芸堂 at 11:28| 美術 | 更新情報をチェックする

2019年11月12日

「ムンク展」感想

 2018年10月27日〜2019年1月20日に東京都美術館で開催していた展覧会。
 有名な「叫び」が来ていました。

 ムンクというと、あのうねうねした「線」が思い浮かびますが、意外なことに、印象に残ったのは「明るい色彩」でした。
 「叫び」の展示室は作品保護のためかなり暗くなっていて、それでも空の色の鮮やかなこと! 目を奪われる赤!!

 会場はすごい人出で、「叫び」には色々な解釈があるけれど、「これだけ人が動かされる」というのが本質だと思った。
 誰もが持ち得る情動に、ムンクは形を与えたのだ。

 私は展覧会に行くと、母への土産に絵ハガキを買う。
 渡すとそのまま引き出しにしまってしまうことがほとんどなのに、ムンクの「叫び」だけは伯母(大)の遺影の横に飾られていて可笑しかった。

 母の心も動かした「叫び」 でも遺影と並べるのはどうなの……
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:34| 美術 | 更新情報をチェックする

2019年11月11日

「マルセル・デュシャンと日本美術」展 感想

 2018年10月2日〜12月9日まで、東京国立博物館で開催していた展覧会。
 去年の今頃見に行ったものの、感想を書き損ねていた。

 デュシャンの作品は国立新美術館での展示が印象に残っている。
 日用品をそのまま芸術にしてしまう「レディメイド」
 国立新美術館は作品の見せ方がやたらとスタイリッシュだった。

 単なる日用品(車輪など)にくっきりと美しい影が付き、
「確かにこれは芸術だ」
 と思わせる。しかしこれは「展示の力」であって、デュシャン作品の力とは言えないのではないか。
 私は国立新美術館学芸員の「展示技術」を見ただけで、デュシャン作品の本質を見つめることは出来なかったのではないか……

 東京国立博物館の展示は程よくざっくりしており、影も薄めで、作品そのものを見られた気がした。
 しかしそれでもやはり影が格好良い。

 画家だった頃の作品も見ることが出来た。
 妹を描いた肖像画「ピアノを弾くマグドレーヌ」など、どれも洒落た雰囲気だ。

 ピカソが何をやっても洗練された作品を作ってしまった(もう少し野暮ったいものを作りたかったのでは、と想像するのだが)のと同じように、デュシャンも「センスの良さ」から逃れられなかったのだろう。
 自分で描く時も、既製品を選ぶ時も、良し悪しを判断する基準はデュシャンの中にある。

 私は物語を見るのも読むのも書くのも好きで、子供の頃から物語のことばかり考えてきた。
 それゆえ物語には懐疑的で、物語を単純に「善いもの」と看なせない。
 デュシャンも様々な表現方法を試し、美術について深く長く考え尽くしたからこそ「美術を否定する美術」に辿り着いたのだと思う。

 決して美術を軽んじていたのではない。
 価値があるとされている行為をそのまま繰り返せず、
「そこにどんな意味があるのか」
 と立ち止まってしまう感覚はよく分かる。

 絵を描くのをやめたデュシャンはチェスや女装をしていたそう。
 今月書いた6つのブログ記事のうち3つで女装の話をしてますね?
 何故私が行く先々に女装男性が用意されているのか。
 狙っているわけではないのに。

 デュシャン作品と日本美術を混ぜて展示していたら嫌だな、と思っていたらそうではなく、デュシャンの生涯を追った後に、その視線で日本美術を見てみよう、という会場構成でホッとした。

 現代美術から学んだ「分からない物事を恐れず、ゆっくり考える」姿勢は、人生の難しい局面(家族の介護など)でも十分に役立っている。
 デュシャンさん、変な実験を始めてくれてありがとう。
 デュシャンさんのセンスが悪かったら、誰も顧みなかったかもしれないね。

 結局のところ「何をするか」ではなく「どんな基準を持つか」が「美術」なのだろうな。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:59| 美術 | 更新情報をチェックする

2019年11月07日

「正倉院の世界」展 感想

 ルノワール展へ一緒に行った友人が、
「正倉院展にも見たいものがあって……」
 と言い出した。
「よーし! ハシゴしようぜ!!」
 横浜から、東京国立博物館のある上野へ移動。
 金曜日と土曜日は午後9時までやっているというので、夕食を食べてから入館しました。

 夜だというのにすごい人!!
 昼間は数十分の入場待ちがあったそうだから、並ばずに入れただけ良かったのかも。

 前期・後期でかなり展示替えがある。
 友人が見たかったのは「螺鈿紫檀五絃琵琶」これは前期(11月4日まで)のみの展示。
 私たちが行った時はギリギリセーフで間に合った。

 足利義政、織田信長、明治天皇が切り取った跡の残る黄熟香。
 香木なんて長く置いておいたら香りが飛んじゃうんじゃないの? と思いきや、明治時代にもちゃんと燻煙が立ったという。

 宝物を修理したり、実物と同じ素材を使ってレプリカを作ったり、崩れた宝物の塵も捨てずに分別したり、正倉院に残された史料を守る地道な努力に心打たれた。
 私は今、歴史に不明点の多いポリネシア文化を調べているので、こういう宝物の管理が未来に役立つのがよく分かる。

 美術館なんて何軒でもハシゴ出来るぜ! という気分だったのに、家に帰ったら魔法が解け、疲れやすい42歳のおばさんに戻り、ばったり倒れてグーグー眠りました。
 楽しい一日でした♪
 
posted by 柳屋文芸堂 at 10:52| 美術 | 更新情報をチェックする

2019年11月06日

「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展 感想

 横浜美術館で開催中の「オランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展に行ってきました。
 音声ガイドを借り、上白石萌音ちゃんの可愛い声と、福間洸太朗さんが演奏するサティやドビュッシーを聴きながら、優しい色彩の絵画を見ていく幸福!
 日々の疲れがふわ〜っと消えた。

 ドビュッシーも音楽の世界で印象派と言われる。
 ルノワールが描いた「ピアノを弾くイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロル」のルロル家では、音楽の夕べにドビュッシーを招いていたそうだ。
 絵画と音楽の印象派のつながりを感じ、興味深かった。

 前は印象派の展示というと大混雑したものですが、今回は割と余裕がありました。
 心をリフレッシュしたい方は良い機会だと思います。
 ぜひどうぞ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 15:21| 美術 | 更新情報をチェックする

2019年10月05日

「天気の子」展 感想

 松屋銀座で開催中の「天気の子」展に行ってきました!
 公式ビジュアルガイドに載っていた企画書や絵コンテの実物がいっぱい!!

 スタッフの紹介動画も、本では分かりにくい作業の様子や本人の雰囲気を見ることが出来て良かった。助監督・色彩設計の三木陽子さんを初めて見た。若い人なんだなぁ。

 新海誠の絵(作画監督に「こういう画面にして下さい」と伝えるためのもの)が見られるのも嬉しい。アニメーターさんほど上手くはないのだけど、
「こう動いて欲しい!」
 という気持ちがあふれて、すごく生き生きしている。

 夏美の胸元をどうするか、絵とメモで相談したものも展示されていた。

新海メモ「女性のご意見もきいてみて下さい」
田村(作画監督)メモ「これ位ですかね」

 傷付く人がいないよう、思春期男子の視線として嘘のないよう、かなり慎重に影の付け方を考えたと聞いていたので「これか!!」と。

 「天空の城ラピュタ」などで美術監督を務めた山本二三さんの作品、4点全部本物が飾ってある! すごい!! 天井画は天井の木目や板と板の境目も絵で描かれていて「美術」と「アニメの美術」の違いを実感した。

 絵コンテや歌詞を展示で確認した後に、その部分の映像を見られるようになっている。明るい曲にもその後の展開を暗示する言葉が含まれていたり、「天気の子」という物語のために、絵も音楽も繊細に組み立てられているのがよく分かる。

「天気なんて狂ったままでいいんだ」
 というセリフは、
「君が犠牲にならなくたっていいんだ」
 ということなのだと思う。グランドエスケープが流れるこのシーンを見ると、
「新海誠よくやった!」
 と握りこぶしを作っちゃう。

 陽菜は首、帆高は手首に枷(かせ)をはめられ、真っ逆さまに落ちてゆく。その寓意。
 物語の中の少年少女は、すべての世代の感情を増幅させた存在なのかもしれない。

 私は「天気の子」のエピソードではなく、そこで描かれる「感情」に共感する。陽菜のおびえ、帆高の怒り、新海誠の苛立ち。
 現代日本で多くの人が抱えている、なかなか言いにくいモヤモヤした息苦しさ。

 帆高が農学部に進んだのは、環境問題を考えるためだったと、今回の展示で初めて知った。
「アントロポセン(人類の活動が環境に影響を与えた地質年代、という考え方)」
 と書かれた入学案内パンフレットが画面に出てきていたらしい。細かいなー!

 気象についてのコーナーもあり、雨粒の形を見てみよう、という実験が綺麗だった。下から風を受けておまんじゅう形になった水滴。
 ただの水なのにキラキラ光って宝石みたい……いや「新海誠の映画みたい!」だった。
 水滴は時々はね跳んで消えてしまうので、注射器で作り直す人がそばに付いていた。彼女も、
「癒やされます」
 と言っていた。

 情報量の多い「天気の子」という映画の細部をじっくり味わえる展示でした。
 松屋銀座では10月7日までですが、その後巡回展があるようです。
 ファンの方はぜひどうぞ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 22:01| 美術 | 更新情報をチェックする

2019年07月15日

「一条ゆかり展」感想

 一条ゆかり展は2018年9月29日から12月24日まで、弥生美術館で開催されていました。
 新宿タカシマヤで開催される「特別展 りぼん」にも一条ゆかりの作品が展示されるそうなので、その時の感想を書いておこうかな、と。

 一条ゆかりは子供の頃、貧しい家庭で育った。
 自分が貧乏だったからこそ、貧乏臭い話を嫌い、ゴージャスな世界を描いたという。

 私も貧しい家の出で、自分の小説に裕福な子をよく登場させる(有閑倶楽部ほどではないが)
 しかし文学には私小説の伝統があるので、
「もっと自分に近い境遇を描くべきなのだろうか……」
 と悩むことがあった。

 一条ゆかりの作品世界の成り立ちを知り、
「書きたいものを書いて良いんだー!」
 と吹っ切れた。

 もちろんウソにならないように、色々調べる必要はあるけれども。
 いつまでも自分の境遇を背負い続けなくて良いんだ。

 会場では、有閑倶楽部の第1話が最後まで読めるようになっていた。
 セリフが洒落ていて、ストーリーも面白い。
 今の感覚でも古臭く感じない。

 可憐がこんなに優しい子だったなんて!
 子供の頃は気付かなかったな〜

 一条ゆかりの漫画に描かれる「大人の世界」に憧れていた日々を思い出し、胸が熱くなった。

 「特別展 りぼん」にはどんな原画が展示されるのだろう。
 開催期間は2019年7月18日から7月28日まで。公式ページはこちら
 行けるかな〜?

 その後、京都タカシマヤ、ながの東急百貨店、佐賀県立美術館にも巡回するそうです。
 りぼんっ子たちよ、グッズで破産するなよ☆
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:30| 美術 | 更新情報をチェックする

2019年06月14日

「ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ」感想

 ちひろ美術館・東京で開催中の、
「ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ」
 に行ってきました。

 ショーン・タンは、言葉が一切書かれていないのに登場人物たちの感情がひしひしと伝わってくる稀有な作品「アライバル」などで知られる絵本作家です。

アライバル
アライバル

 美しい原画にも感激しましたが、作品制作の舞台裏に触れられたのが嬉しかった。
 幻想的な世界観や、その表現であるイラストも、現実世界の注意深い観察から生まれる、ということで、旅先の風景を描いた絵画が数多く展示されていた。

 私はいつもぼんやりしていて、何事もしっかり見ていないという自覚がある。
 ものを見る訓練のために、写生や写真撮影をしてみようかな……

 「アライバル」の漫画のような画面構成は、レイモンド・ブリッグズの「スノーマン」を参考にしたそう。
 ブリッグズは「風が吹くとき」が深く心に残っているので、こちらも読んでみたいな。

 ショーン・タンにも描けなくなる時があるという。
 そこから抜け出すために、鉛筆の気の向くまま、ただ手を動かす。
 頭の中で先に考えておくのではなく、描いているうちに考えが生まれたりまとまったりする。
 私も文章に詰まったら、自分の手を信頼して、とにかく何か書いてみよう。

 ショーン・タンが原作と監督を務めた短編映画「ロスト・シング」も見ることが出来た(会場内で上映している)
 YouTubeに紹介動画があったので貼っておく。


↑45秒日本語付き


↑1分15秒

 心に余裕を持ち、古いもの、忘れ去られたものを大切にすることが、豊かな創造につながる。
 そんなメッセージを私は受け取った。

 ショーン・タン本人のインタビュー映像を見て(これも会場内で流している)
 国は違えど同世代の(私と2歳しか違わない)「生きている」作家であることを実感した。

 才能の大きさが全然違うけれども、私も頑張って自分の描きたいものを描くよ! と前向きな気持ちに。

 グッズ売り場では大好きなエリックの絵はがきが沢山あり、
「ひどい! 嬉しいけどひどい!」
 と騒ぎながら見事に散財した……



 可愛すぎる。私の好みど真ん中すぎるよエリック……

遠い町から来た話
遠い町から来た話
↑こちらの本の中にエリックはいます。

 会期は7月28日(日)まで。
 ショーン・タンのファンはもちろん、絵や小説など何か創作している人に見てもらいたくなる展示でした。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 18:50| 美術 | 更新情報をチェックする

2019年03月30日

「河鍋暁斎 その手に描けぬものなし」展 感想

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 六本木のサントリー美術館で開催中(で、もうすぐ終わっちゃう)河鍋暁斎展に行ってきました〜

 カエルの相撲と美人画を同じ一枚の絵の中に描いたり、意外なものを組み合わせる感じが現代的だった。
 卒塔婆小町図は人間の死体の上にウサギの顔が浮かび、シュールレアリスム絵画のようだ。

 鳥や虎など動物の絵はどれも、輪郭が活き活きしていて良かった。
 達磨図も視線に力があって格好良かったな〜

 河鍋暁斎はとにかく真面目な人だったようで恐れ入った。
 信仰心が篤く寺にたびたび絵を寄進し、古い絵を模写して学ぶことを怠らず、沢山の注文仕事をこなし、さらには毎日絵日記までつけていたという。
 努力する才能というか、そこまで絵にのめり込み続けることが出来たのがすごい。

 さまざまな種類の絵があったけれど、一番勢いがあるのは戯画だ。
 真剣にふざけるためには、強靭な精神と高度な技術が必要なのだと思った。

 「放屁合戦絵巻」はタイトルそのままのバカバカしい絵だ。しかし解説に、
「『戯画の暁斎』らしい作品だが、画題自体は平安時代まで遡る」
 とあって、エーッ!

 日本美術の豊かさと、河鍋暁斎の異常な情熱をひしひしと感じる展示でした。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 01:40| 美術 | 更新情報をチェックする