2014年08月09日

ヨコハマトリエンナーレ2014(大谷芳久コレクション)

 ヨコハマトリエンナーレは美術展ですが、文学館のような展示もありました。
 第二次世界大戦中さかんに出版され、その後「なかったこと」にされた、日本讃美・戦争讃美の詩や文章です。
 高村光太郎や北原白秋など、相当有名な人たちの作品がそろってます。
 現代美術画廊「かんらん舎」のオーナー、大谷芳久の書籍コレクション。

 「日本(自国)讃美」と「戦争讃美」は深く結びついている。
 自分の国はすごい! 他の国はダメだ!
 自分の国は強い! どこと戦っても勝てる!
 戦争しよう! ……ってなるから。

 単純化し過ぎだろ、って思うかもしれないけど、人間はけっこう簡単に根拠のない自己愛に酔ってしまうものだ。
 あなたはすごい! と言われたら嬉しくなるのと同じように、
 日本はすごい! と言われたら日本人は嬉しくなる。
 日本はすごい! 日本はすごい! と日本人同士が言い合う内に自己愛は強化され、少数の冷静な人たちには止められないほど大きな力になる。

 作家たちがどんな事情で日本を讃美することになったのかは分からない。
 強制されたのかもしれない。
 それ以外出版出来なかったのかもしれない。
 心の底から日本はすごいと思っていたのかもしれない。

 ただ、確実に言えることがある。
 文章を書くのは孤独な作業で、読者の反応なしに続けるのはなかなかキツい。
 作家は時に、自分の書きたいことより「読者が喜んでくれること」を優先してしまう。

 頭の良い、物知りな作家先生が褒めているのだから、日本は本当にすごいのだろう。
 大衆が喜んでくれるから、もっともっと日本を褒めよう。
 作家先生が褒めているのだから……
 大衆が喜んでくれるから……

 日本を褒めるな、と言いたい訳じゃない。
 「根拠のない自己愛」が恐ろしいのだ。
 日本文化を深く理解し、日本の良い所も悪い所も客観的に見て欲しい。

 一つの文化を本当に理解することが出来たら、他の文化をむやみに貶したり出来なくなるはず。
 それぞれ形は違っていても、全ての文化に人間の営みがつまっているのだから。
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2014年08月08日

ヨコハマトリエンナーレ2014(飛ばねばよかった)

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福岡道雄「飛ばねばよかった」

 タイトルが良いよね〜
「〇〇しなければよかった」
 って毎日のように使う。
 でもやっぱりやらなくてもいいことをやっちゃって、
「△△しなければよかった」
 とつぶやくのであった。

 余計なことなんてやらなければ良いのに。
 しかし「余計じゃないこと」って何だろう。
 我々は「余計なこと」と「余計じゃないこと」の区別もつけられないまま、色んな余計をやらかし続ける。

 懲りずに何度でも飛ぶのだ。
「飛ばねばよかった」
 と後悔しながら。

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2014年08月07日

ヨコハマトリエンナーレ2014(華氏451度)

 ヨコハマトリエンナーレ2014には、
「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」
 というタイトルが付いています。

 「華氏451」というのは、本を読むことが禁じられた世界を描いたSF小説。
 これをそのまま扱った作品も展示されていました。
 帰宅後、Dちゃんにその説明をしようとして……

私「鏡もちの451もあってさ」
D「鏡もちの451?」
私「あっ、違う!」

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ドラ・ガルシア「華氏451度(1957年版)」

私「鏡文字の451! 鏡もちと鏡文字じゃ発音が似てても大違いだね〜」

 妙にめでたくなってしまった。

 この本、自由に読むことが出来ます。
 読みにくいけど。
 鏡文字を読もうとする時に感じる違和感というか、顔の歪むような感触が、この作品の表現したいことなのかな? と私は思いました。
 もちろん正解は分かりません。

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2014年08月06日

ヨコハマトリエンナーレ2014(釜ヶ崎芸術大学)

 釜ヶ崎芸術大学とは……

 2012年、大阪市で開校。日雇い労働者の町としての歴史をもち、今も多くの元日雇いの高齢者が暮らす大阪市西成区の釜ヶ崎と呼ばれる地域を拠点に、あらゆる人を対象として哲学、書道、詩、芸術、天文学等の多彩なテーマによる講義やワークショップを行っている。本展では、成果発表展示のほか、オープンキャンパスとして出張講義や公演等を行う予定。
公式サイトよりそのまま引用)

 展示は「密度の濃い文化祭」みたいな感じでした。
 おっちゃんの悔恨の詩があったり……

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釜ヶ崎芸術大学「それは、わしが飯を食うことより大事か?」(一部分)
※文字を読みやすくするためにモノクロに変換してあります。

 看板が置いてあったり……

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釜ヶ崎芸術大学「それは、わしが飯を食うことより大事か?」(一部分)

 カマメというのは「カマン!メディアセンター」の略で、釜ヶ崎芸術大学の活動場所の一つのようです。
「酔っていない時に、又、来て下さい」
 ってそんなに酔ったまま来ちゃう人が多いのか。

 詩の学校のチラシも貼ってあって、
「参加費1000円」
 の下に、
「経済的にしんどい方は無料でけっこうです」
 と書いてあって泣かせる。
 哲学の会を主催している方のレポート(これも貼ってある)も興味深かった。

 元日雇い労働者のおっちゃんたちは、暮らしに困っている。
 しかし「暮らしに困っている=お金に困っている」ではないのだ。
 お金だけではなくて、家族を失っていたり、生きがいを失っていたり、心穏やかに暮らすために必要な、あらゆるものが足りてない。

 日本の高度成長期を支え、その後切り捨てられた人々。
 芸術や哲学が、彼らの心を完全に満たすことはないだろう。
 でもそれは、一人一人が持つ空虚をつなぐ糸になる。
 空虚はたくさんつながると、空虚ではない別の何かに変化してゆく。

 空虚はおっちゃんたちの心だけでなく、誰の心にもあるはず。
 涙ぐんだり、微笑んだりしながら、私はこの釜ヶ崎芸術大学の展示スペースで長い時間を過ごした。

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釜ヶ崎芸術大学「それは、わしが飯を食うことより大事か?」(一部分)

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2014年08月05日

ヨコハマトリエンナーレ2014(坂上チユキ)

 今まで全く知らなかった、魅力的な作家と出会えるのも、大きな美術展の楽しさです。
 今回最も強く惹かれたのは「坂上チユキ」という画家の作品。

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坂上チユキ「玄武−『博物誌』より」

 細い青い線で描かれたレースのような絵。
 現代美術は「美」より「考えさせる」ことを優先している作品も多いのですが、坂上チユキの絵はひと目で「美しい!」と分かる。
 そして「可愛い!!」

 展示数は多く、数十枚(もしかしたら100枚超えてたかも)
 青が基本ですが、他の色を使った作品もありました。
 どれも優しく綺麗で、でもちゃんと心がかき回される。
 一枚一枚に「絵を見る喜び」をはっきり感じた。

 夕飯を作るために早めに帰る必要がなければ、いつまでもいつまでも見ていたい……!
 うう〜 と悔しがりながら展示室を出ました。
 個展があればぜひ行きたいです。

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2014年08月03日

ヨコハマトリエンナーレ2014(フェリックス・ゴンザレス=トレス)

「フェリックス・ゴンザレス=トレス」
 という名前を見ただけで泣き出しそうになる。
 
 ゴンザレス=トレスは床に飴を敷き詰める作品が有名。
 ヨコハマトリエンナーレには、紙を床に積み上げる作品が展示されていました。
 飴も紙も、自由に持ち帰ることが出来ます。

 紙は二種類あって、一つは赤い紙に黒い枠が付いている。
 タイトルは「無題」NRA−ライフル協会
 もう一つは水色の紙に白っぽい枠が付いて、タイトルは「無題」青い鏡

 大きさは……風呂敷くらい、と言えば良いか。それともカレンダー?
 割と大きめ。

 会場で私は女子高生の団体と一緒になった。
 全員強制で現代美術を見るのはキツくないか、と思ったが、かばんを見るとどうやら美大の附属の生徒らしい。
 大人に連れて来られた子どもによく見られるダラダラした雰囲気はなく、みな熱心に作品を鑑賞している。

 彼女たちはゴンザレス=トレスの赤い紙と水色の紙を、くるくる筒状に巻いて持っていた。
 美術の道を目指す少女たちが大きな紙をもらったら、家に帰った後、おそらくそこに絵を描くのではないか。
 思い思いの線や色彩で埋め尽くされる「NRA−ライフル協会」と「青い鏡」

 ゴンザレス=トレスは38歳で亡くなった。
 本人がいなくなった後も、彼の作品は飴や紙を配り続ける。

 最後の一個、最後の一枚が無くなったとしても、
「何かを伝えたい、渡したい」
 という切実な思いはそこに残る気がする。

 彼の静かな情念を感じるたび、私は泣き出しそうになる。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:58| 美術 | 更新情報をチェックする

ヨコハマトリエンナーレ2014(無料で見られる作品の話)

 ヨコハマトリエンナーレでは会場外にも作品が設置され、無料で楽しむことが出来ます。

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ヴィム・デルボア「低底トレーラー」

 写真は一部分だけなので分かりにくいですが、かなり巨大な作品。
 横浜美術館の入口前にどーんと置いてある。
 通りすがりのカップルの会話が面白かった。

男「何これ?」
女「芸術」
男「芸術なのー?」
女「ほら、イベントやってるんだよ。トリエンナーレとかって」
男「芸術んとこで写真撮っとこ!」

 他にも写真を撮っている人がいっぱいいて、みんな楽しそうでした。
 おお、(岡本)太郎よ!
 あなたの夢見た光景が、今ここに。

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ギムホンソック「8つの息」(7273)

 横浜美術館の中にある「Café 小倉山」で食事をしていたら、窓越しにこの作品が見えた。
 青い八つの風船が重なり、下の所に砂が敷いてある。
 この小さな砂場で、小さな姉弟が遊んでいた。
 ちょうど窓枠が額縁のように感じられ、絵になっている。

 しばらくすると姉弟はお父さんと手をつなぎ、帰っていった。
 一人ぼっちになる風船。
 しかしすぐに兄弟らしき二人の男の子がやってきて、風船に登り始めた。

 「幸福なアート」がテーマの短編映画かよ!
 なかなか素敵なものを見せてもらったなー と思いながらカフェを出て、風船のそばに近付くと……

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「作品にお手をふれないでください」

 えーっと。
 さっき男の子がよじ登ってたよ?
 頑丈なのかな?
 触れないから確認出来ない……

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ギムホンソック「クマのような構造物−629」

 みなとみらい駅の改札の近くにあります。
 私ともう一人が写真を撮ったら、急に人が集まってきて、携帯でバシャバシャ撮られてました。

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 そばにこういうのもあって、でも今回のトリエンナーレの作品ではないようです。
 ひっかけ問題みたいだと思いました。

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posted by 柳屋文芸堂 at 01:18| 美術 | 更新情報をチェックする

2014年08月02日

ヨコハマトリエンナーレ2014

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マイケル・ランディ「アート・ビン」

 という訳で、ヨコハマトリエンナーレ2014、初日に行ってきました〜
(公式サイトはこちら

 メイン会場は横浜美術館と新港ピアで、今日は横浜美術館だけ。
 午後1時に入って出たのは5時。
 出来たら両方今日のうちに、と思っていたけど無理でした。
 別の日になっても、今日買ったチケットで新港ピアにも入場出来るというので一安心。

 入ってまず驚いたのは、ディレクターの森村さん自らが解説をする音声ガイドが借りられるの!!※有料
 これを聞きながらじっくり回っていたら、あっという間に時間が経ってしまった。

 今回のテーマは「忘却」

 失われたもの。
 見落としているもの。
 切り捨てられてしまったもの。
 無かったことにされてしまったもの。

 そういう「表に出て来ない膨大な何か」を見つめようじゃないか、という試み。
 表現方法はそれぞれ違っていても、「忘却」という言葉を手がかりに鑑賞していくと、作品の意図がつかみやすい。
 色んなことを感じ、考えた。
 今日一日で心と頭がずいぶん運動した感じ。

 作品があちこちにあるので、パンフレットの作家名に見たものから丸を付けていった。
 そうしないとまさに見落としそう。
 いくら忘却がテーマでもそれは困る。

 混み具合は普通。
 人に押されたりせずにゆったり見ることが出来、かといってガラガラでもない。
 土日は混雑するかも。
 撮影可能な場所が多かったのも嬉しかったです。

 一つ一つの作品の感想はまた別の日に書けたら良いなと。

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posted by 柳屋文芸堂 at 02:53| 美術 | 更新情報をチェックする

2014年07月30日

小説はどこに捨てれば良いですか?

 森村泰昌さんがディレクターを務める「ヨコハマトリエンナーレ2014」の開幕が近付いてきました!
(会期:8月1日(金)〜11月3日(月・祝)、主会場:横浜美術館、新港ピア(新港ふ頭展示施設))

 目玉作品の一つに「アート・ビン」というものがあります。

 《アート・ビン》は、イギリスの作家マイケル・ランディの作品で、巨大なゴミ箱の形状をしています。ヨコハマトリエンナーレ2014では、高さ7メートル、幅7.8メートルの大スケールで、横浜美術館のグランドギャラリーに登場します。
 様々な人が自分の失敗作、未発表のまま倉庫にしまわれたままの作品、捨ててもよい作品などを、ここに投げ入れる参加型の作品です。

公式サイトの紹介文をそのまま引用)

 私も参加しようかな〜 と思ったら、「参加できない作品の例」に「楽譜・小説など美術作品以外の芸術作品」が!!
 行き場のない小説はどこに捨てれば良いんでしょう……
 あと「パフォーマンス」も捨てられないそうです。

 「燃えるゴミ」「燃えないゴミ」「カン・ビン」「ペットボトル」みたいに、芸術のゴミ箱も分別出来たら面白いかも。
 「パフォーマンス」だけがいっぱい詰まっているゴミ箱とか、迫力あるよね。

 文学フリマあたりで「小説」「詩」「評論」「ノンフィクション」「もらったものの一生読まなそうな本」なんてゴミ箱が用意されたら、参加者の元気が3割くらい削られるだろうね。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:56| 美術 | 更新情報をチェックする

2014年07月22日

サグラダ・ファミリア

 下の記事で書き忘れましたが、サグラダ・ファミリア、2026年に完成しちゃうそうですよ!!
 作り続けることに意義があるような気がしていたので、ちょっとがっかりしたりして。
 建物そのものより、ガウディの意志を受け継いで工事を続けている人々の心意気が、サグラダ・ファミリアの本体だと思っていた。

 人間は、目の前のものがどれだけ不完全でも、完全を夢見ることが出来る。
 その尊さ。
 愚かさかもしれない。

 しかしサグラダ・ファミリアの内部の映像を見たら、
「こりゃあ完成して欲しい、行って見てみたい!」
 と考えが変わりました。
 当たり前だけど、建物の計画に魅力があるから、みんな100年以上努力しているんだ。

 サグラダ・ファミリアはまるで生き物。
 外側も、内部も、完成までの道のりも。

 ガウディは晩年、サグラダ・ファミリアの設計にのめり込み、身なりにも気を使わなくなった。
 そのため路面電車の事故に遭っても高名な建築家だと思われず、治療が遅れて亡くなったらしい。

「高名な建築家じゃなかったとしても治療してやれよ、スペイン人」
 って思ったけど、これは公的保険が整っている現代日本に生きているから言えること。
 当時(1926年)は「貧乏人=治療費を払えない人」と見なされたんだろうな。

 ガウディはサグラダ・ファミリアについて、
「神は完成をお急ぎではない」
 と言ったとか。
 小説書きがなかなか進まない時につぶやこうっと……
posted by 柳屋文芸堂 at 00:14| 美術 | 更新情報をチェックする