2017年06月14日

映画「犬神家の一族(1976年版)」感想

 複雑な血縁関係を持つ富豪一家。
 矢継ぎ早に起こる殺人事件。次々と入れ替わる容疑者。
 欲望渦巻く人々を絡み合わせる因縁と怨念。

 いや〜 最初から最後まで飽きさせないですね。

 犬神家の一族と言えばスケキヨさんがあまりにも有名で、
「あーこの人、逆さになって死んじゃうんだなぁ」
 と思いながら見た訳ですが、あれは沢山起こる事件のうちの一つでしかないので、問題なく楽しめました。

 岸田今日子の使い方が妙に贅沢だった。
 横溝正史が旅館の主人役で出ており、石坂浩二に向かって、
「金田一さんですか?」
 と言うの、萌え上がりますね!!

 音楽が「ルパン三世 カリオストロの城」などと同じ大野雄二なのも良かった。
 今聞くと逆に新鮮で、全然古臭く感じない。

 他の市川崑監督作品も見てみたいな。

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posted by 柳屋文芸堂 at 18:51| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2017年06月08日

映画「武曲」感想



「言葉なあ、小僧。大事でもあるし、よけいなもんでもあるわな。禅の世界では、不立文字といって、言葉ではなく心、心という言葉になる以前の心で通じ合うのを理想とするんだ」

 というセリフがある映画の感想を、言葉で書くという矛盾。
 不立文字だということも不立文字という文字を使って伝えなければいけない歯がゆさ。
 私は禅のことをよく知らないけれど、そういう相反する欲求の中で真理を見出そうとする教えなのかもしれない。

 融(村上虹郎)は、ラップの歌詞を作るのが好きな高校生。
 冒涜、原罪など強めの言葉を連ねて叫んで「ある程度の」満足は得ているが、同時にどうしようもなく「何か」を渇望している。

 融は予告映像での印象よりずっと普通の男の子だった。
 言葉に惹かれ、言葉が完全なエクスタシーを与えてくれないことにいら立ち、もっと、もっととノートに言葉を書き殴ってゆく。
 融の飢えは私の心にも常にあるものだから、登場人物の中で誰よりも共感した。

 40歳になって高校生に共感するってどうなの…… 私、思春期終わってないのか…… と自分のことが心配になったが、それだけ虹郎くんの演技が自然で、観客が入り込みやすかったのだろう。

 剣道の師範で寺の和尚の光邑(柄本明)は融の満たされぬ思いと剣の素質を見抜き、酒に溺れ堕落した生活を送る研吾(綾野剛)に引き合わせる。

 この部分、物語としては展開に少々無理があるのだけど、
「光邑は研吾を救わなければと思い続けていて、それが出来る人間を探しており、融を見て即座に『こいつだ!』と気付いたんだ」
 と納得させてしまう柄本明はすごかった。

 研吾というか綾野剛はもう、飲み屋で同期生のおじさんに寄りかかっているだけでメチャクチャ色っぽい。
 寂しさで作られたような白い皮膚が、人間が発する熱を狂おしく求めている。

 言葉でも酒でも解決出来ない、欠けた魂を補完するため、融と研吾は嵐の夜に決闘をする。
 ここはほんと、

 君や来し我や行きけむおもほへず 夢か現(うつつ)か寝てかさめてか
(貴方が来て下さったのか、私のほうから逢いに行ったのかもよくわかりません。
 昨日の出来事は夢だったのか現実だったか、眠っていたのか目覚めていたのか……)


 という感じで、ラブシーンよりラブシーンだった。
(上記の和歌は映画に出てくる訳ではありません。伊勢物語からの引用)

 研吾がアルコール依存症なのもあって、画面に映っているものが現実なのか幻なのか分からないところがすごく良い。
 一番好きなのはお墓で老婆に話しかけられるところ。

「五悪というもんを知ってるか(中略)殺生、偸盗、邪淫、妄語、飲酒……(中略)矢田部の人間は、五悪にまみれてるんじゃないか」

 こんなこと唐突に言ってくるおばあさんイヤだ!
 特殊効果を使っている訳でもないので、それはごく普通の老婆にも見えるし、研吾の自責の念が見せた幻覚とも受け取れる。

 鎌倉という街が、半分黄泉に沈んでしまった異境のように感じられ、ここでかけられた呪いはここで解かなければならないと、みな当然のこととして信じている。
 映画というより神話の登場人物の動きに近い。

 私は不立文字を体現したものとして美術や音楽を愛し、憎いのか好きなのか分からないと思いつつ言葉を綴り、そして映画は、
「言葉ではなく映像で見せてくれ!」
 と願いながら見ている気がする。

 武曲という映画は私の気持ちに応えてくれたとも言えるし、不満を残したとも言える。
 不立文字を希求しつつ、徹底してはいないので。

 この記事で黄色い字にしたセリフはパンフレットからの引用。
 パンフに完成台本を載せてくれたことが嬉しかった。
 感想を書きやすい!

 こうやって私は不確かな言葉で世界を切り刻み、悟りは遠い。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 16:39| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

映画「写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと」感想



 簡単に言ってしまえば、
「おじいちゃんが荷物でいっぱいの部屋でゴソゴソしてる」
 だけの話なんですけど、もう最初から最後まで泣きっぱなしだった。
 だってそこにあるのはまさしく「人生」だから。

 積み上がった箱の中には、プリントやフィルムが詰まっている。
 片付けるつもりなのか、映画監督に見せるつもりなのか、ソールじいちゃんは箱を引っ張り出して中身を確認する。

 街角のささやかな風景。
 道ゆく人々のやわらかな影。
 愛し合う家族。

 曖昧で美しい記憶はあちこちに散らばりまとまることはなく、どう考えても死ぬまでにこの部屋が綺麗に整頓されることはなさそうだ。

 まるで可視化された魂のような部屋。

 おじいちゃんの部屋にあった写真は現在、渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムで展示されている。

「写真は、しばしば重要な出来事を取り上げるものだと思われているが、実際には、終わることのない世界の中にある小さな断片と思い出を創り出すものだ」
(ソール・ライター展の公式サイトより引用)

 評価なんて気にせずに、自分が「良いな」と思ったものを心に溜めてゆこう。
 自然とそんな気持ちになれる映画だった。

パンケーキ.jpg
↑コラボメニューのバナナウォルナッツパンケーキ
posted by 柳屋文芸堂 at 00:52| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

映画クレヨンしんちゃん「嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」感想

 子供の頃に憧れていた世界を体験させてくれる「20世紀博」に夢中になる大人たち。
 街には人目もはばからず子供のような遊びをする大人たちがあふれる。
 ついには仕事や育児など大人がやらなければいけないことを放棄して、大人たちは消えてしまい……

 映画クレヨンしんちゃん「ヘンダーランドの大冒険」の感想(これ)で、子供向けの作品は安全でなければいけない、というようなことを書いたが、この作品、安全か……?

 見ている間、私はすごく怖かった。
 敵であるケンとチャコが作った、人のあふれる昔風の商店街を見て、
「この世界の方が良いかも」
 と思ってしまったのだ。

 暴力ではなく、郷愁によって服従させられることがあるなんて、知らなかった。
 いや、意識していなかっただけで、「懐かしさ」に負けてしまったことが、これまでにも沢山、あったのかもしれない。

 子供というのは存外自立心が強く、大人をあてにしていないものだから、子供だけ残される場面は不安より楽しさが勝り、ワクワク見られる気もする。
 子供にとっては安全で、大人にとっては容赦ない物語だ。

 私は何故か、三島由紀夫が死ぬ前にした演説を思い出していた。
 自殺する人は、未来へ行くことをやめてしまうんだ…… と考えていたら、あのラスト!
 お前こそズルいぞ、しんのすけ!
 ボロ泣きしちゃったじゃないか〜

 子供の頃に想像していたほど輝かしくない未来(=現在)で、クサい臭いのするおじさん・おばさんとして生きていくこと。
 逃れがたい失望感と、それでも「自分で手に入れた」と誇れるちっぽけな幸福。

 年を取ると懐かしく感じるものが増えていって、懐かしさに絡め取られて前に進めなくなる可能性がどんどん高くなってゆくのだ……気を付けなければ。

 東京の現状を考慮していないオリンピックの計画も、現在から目をそらし、美しい過去の再来を夢見ているようで、オトナ帝国の逆襲は何度でも繰り返されるのかもしれない。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:31| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2017年05月12日

映画クレヨンしんちゃん「ヘンダーランドの大冒険」感想

 遠足で行った群馬のヘンダーランドで、魔女の一味との戦いに巻き込まれる、という冒険ファンタジー。
 想像していた以上に真っ当な子供向け映画で、
「クレヨンしんちゃんってこんな感じなのか〜」
 と感心した。

 子供向け、というのは幼稚・安易という意味ではない。
 子供向けの作品が最も大切にしなければいけないのは、
「安全であること」
 だと思う。

 物語の中では恐ろしいことが起こる。
 しかしその恐怖は、
「観客(子供たち)を傷付けるようなものであってはならない」

 時に物語は、本当に心を傷付けてしまうことがある。
 子供向けの物語は、暴走して脱線する電車ではなく、整備されて安全の保証されたジェットコースターでないと。
 精神的に弱って児童書ばかり読んでいた時期があったので、安全であることがどれほど大事かよく分かる。

 戦って欲しいとお願いされたしんちゃんは葛藤する。
 魔女の魔法にだまされるし、苦しみもある。
 しかし可愛い妖精のようなからくり人形トッペマはしんちゃんを何度も助けてくれるし、父のひろしと母のみさえ、それにアクション仮面たちが味方になって一緒に戦ってくれる。
 危険はあるが、危険よりずっと大きな安心が用意されている。

 オカマ魔女の様式美が素晴らしくて。
 こういうオカマの描き方って、今ではもう許されないんだろうなぁ……
 オカマの文化を守るにはどうすれば良いんだ……!

 しんちゃんが正義のために一直線に頑張ったりせず、すぐ横道にそれるところが、話に緩急をつけていて良い。
 クレヨンしんちゃんを見慣れている人には当たり前なんでしょうけど、私はあまり知らないので新鮮だった。
 ぶりぶりざえもんは寝返ってばかりいるし。

 時々出てくる埼玉・群馬ネタが可笑しかった。
 蓮田サービスエリアとか。
 東武線にも馴染みがあるから嬉しくて。
 桐生線に乗り換えて、って本当にヘンダーランドに行けちゃいそう。

 弱っていた頃の私でも、この映画なら見られたかもしれない、と思った。
 もちろん家事をしながら見た元気な私も、気持ち良く楽しめた。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:49| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2017年03月11日

映画「フラガール」感想

 舞台は昭和40年の福島県いわき市常磐地区。
 石油の時代になっても変わることが出来ない炭鉱の人々と、変化を受け入れて生き抜く方法を見つけようとする人々、それぞれの苦しみが丁寧に描かれている。
 途中の展開はベタ過ぎてう〜んという感じだったけど、松雪泰子と蒼井優のダンスはすごく良かった。
 生身の肉体だけが表現出来る「何か」が伝わってきて、実写映画の醍醐味はこういう部分だよな〜と思った。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 22:31| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2017年03月08日

映画「花とアリス殺人事件」感想



 中学生の頃の、心の過剰な部分を平気で人前に出してしまう感じとか、女の子(同性)の近さ、男の子(異性)の遠さとか、企みがうまく進まないところとか、その中でふと拾う「ちょっとだけ素敵な瞬間」とか、沢山覚えていたはずの、でも普段は心の奥底に沈んでいる気持ちを次々刺激されて、切なく楽しかった。

 「花とアリス」も見ているので、つながりが嬉しい。
 おっとりしていて優しい風子ちゃん。
 愛情の示し方が毎回間違っている花。

 花の「好き」という気持ちはいつもすごく強いのだけど(だからこそ?)その出し方が変なんだよね。
 けっこうな策士で、でも策略が微妙に雑で。
 その不器用さは若い頃の自分を思い出させる。

 ささやかな出来事を描いた、それほど長くない物語。
 それでも、ありきたりな感動とは違うものが得られて充実感がありました。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 13:07| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2017年02月14日

「LOVE〜写真家レスリー・キーの世界」感想

 下の記事に書いたような部分があって、撮影や編集の工夫でもう少し深みのある作品に出来たんじゃないかと残念に感じた。
 映画ではなくどこかで放送された番組だったみたいだから、仕方ないのかなぁ。

 若い頃に働いていたシンガポールの日系企業で日本文化に憧れ、山口小夜子に見出されたというレスリー・キーの経歴は面白いと思った。
 またどこかで写真を見る機会もあるかもしれないから、名前を覚えておこう。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 15:41| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

映像作品を見ていて時々気になること

 言葉で説明し過ぎている映像作品、というのが時々ある。
 たとえば、
「彼は人を虜にする話術を持っている」
 とナレーターが入れちゃったりするの。
 映像なんだから、その彼が話術で人を虜にしている「場面」を実際に見せないとダメだろう。

 小説を書く時によく言われる「説明しないで描写しろ」というのはこういうことか。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 15:15| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2017年02月13日

映画「ファッションが教えてくれること」感想

 雑誌「VOGUE(アメリカ版)」の編集長、アナ・ウィンターのドキュメンタリー。
 プラダを着た悪魔、のモデルらしいです(今度そっちの映画も見てみよう)

 何より印象に残るのはアナのファッション。
 けっこう年配なのに(撮影時に60歳くらいかな)どの服も可愛くてピシッ!と似合っている。
 雑誌のモデルが着ている服が霞んでしまうくらい、彼女の服は全部素敵だった。

 アナと対比するように登場するのが、クリエイティブディレクターのグレース。
 「美しさ」を何より大切にし、少々懐古主義的なところがあるグレース。
 彼女が丹誠込めて仕上げた誌面を、アナはザクザクとボツにしていく。

 私が共感したのはグレースだけど、売れる雑誌を作るためには、退屈なものを切り捨てていくアナの力が必要なんだろうな。

 流行という不確かなものを相手に戦い続ける恐ろしさ。
 「美」という変わらぬ価値を生み出しているという自信。
 すごく遠くて、すごく近いから、私はファッションに憧れる。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 15:28| 映画・映像 | 更新情報をチェックする