2019年08月15日

アニメ「響け!ユーフォニアム」感想

 dアニメストアで、京都アニメーション制作の、
「響け!ユーフォニアム」「響け!ユーフォニアム2」
 を見ました。
 中学・高校と吹奏楽部に所属していたので、共感を超え、心が学生時代に戻ってしまいました。

 熱心にやりたい部員とぬるく楽しみたい部員の対立。
 誰がソロを吹くか問題。
 もめるトランペット、平和なバスパート、やめさせる訳にはいかないオーボエ。

 日本全国の吹奏楽部員たちは、みな同じことで悩んでいたのか?!

私「どの子の気持ちも分かる、分かるぞ! うお〜!!」
D「やかましい!」

 登場人物の描き方が一面的でないのも良かった。
 最初、お調子者なのかな? と思っていたあすか先輩が、ずるい部分もあり、誰にも言わずにいた重い感情もあると分かり、最終的に、厚みを持った一人の人間として受け止められるようになる。

 主人公の、つい本音が口に出てしまうクセや、気になる他人の行動を放っておけないところ、幼なじみや家族には無愛想になる性格も、高校生の女の子として非常に自然に感じた。

 登場人物たちの気持ちの揺れ、上手くなってゆく演奏、季節の移り変わりに合わせて変化する光や空気の色合いなど、丁寧に表現されている。
 秋になって日が短くなり、帰宅風景が「夕方」ではなく「夜」になる(おそらく時刻は同じ)
 自分の部活で経験したことだから、設定の正確さがよく分かる。

 一番感動したのは、駅ビルコンサートであすか先輩が戻ってきて「宝島」が始まる場面。
 演奏したことのある曲だと余計に「うわー!」となりますね。

 滝先生の声が「ジョジョ」で岸辺露伴を演じていた櫻井孝宏さんだった。
「いつ『ヘブンズ・ドアー』が出るのか?!」
 と初めのうちはおびえましたが、見終わってみると、滝先生の人柄が心にしっかり残りました。
 櫻井孝宏さん、一見優しいけど、一筋縄ではいかない男の役がすごく合いますね!
 ますます好きになりました。

 高校時代、私はこうやって吹奏楽を通して、自分とは違う「他者」の存在を理解していったんだな……
 過去の意味を知るような体験でした。

 劇場版の続編もあるようなので、そちらも見てみたいです。

↓「響け!ユーフォニアム」プロモーションビデオ


↓劇場版の続編「リズと青い鳥」プロモーションビデオ

 
posted by 柳屋文芸堂 at 20:49| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2019年08月07日

映画「天気の子」感想(小ネタ編)

 メインストーリーへの感想の続き、小ネタ編です。
 ネタバレありなので鑑賞後に読んでくださいね。

 物語の前半に、占い師のおばあさんが出てくる。
 口調に特徴があって、やたら胡散臭いのに、突然、話の核心をつくようなことを言い出したりする。
 端役にしては妙に印象に残るキャラだったな…… と思いつつエンドロールの出演者を見ていたら、

 占いおババ  野沢雅子

 うわー! と叫びそうになった。なんて贅沢!!
 他には島本須美さん(風の谷のナウシカ)も出演されてましたね。
 新海誠監督は私と同世代。同じようなアニメを見て育ったんだな…… としみじみした。

 今回、主人公の帆高くんの無力っぷりがかなり現実寄りだった。
 みっともなくもがく姿は心を打つ(自分が一番年上だと知る場面が特に良かった)のだけど、さすがにそれだけだと見ている側はつらくなると考えたのか、夢と憧れを担う「凪」という男の子が出てくる。モテモテの小学生で、凛々しく、機転が利き「ぼくのかんがえた最強の弟」という感じだった。
 彼とガールフレンドたちの活躍は、フィクションならではの楽しさに満ちていた。

 晴れ女の仕事の依頼人にコスプレイヤーがいて、コミケの場面が!
 馴染みのある場所が出てくると嬉しいですね。
 メインの舞台である新宿も、Dちゃんとよく歩いた街。
 歌舞伎町のゴチャゴチャした雰囲気が味わい深く描かれていた。

 「言の葉の庭」「君の名は。」「天気の子」どの作品にも新宿が出てくる。でも注目する場所や見え方は作品ごとに違い、これは「登場人物の視線がとらえた新宿」なんだなぁ、と。
 私が一番好きなのは「君の名は。」で三葉が見る南口のバスタのあたりです。

 都会にあまり来たことがない人にとっての都会。
 三葉にとってはキラキラ明るく、帆高にとっては情報が過剰な暗い街。
 受け取るものは人の気持ちで変わる。

 「天気の子」には「君の名は。」の登場人物たちの姿も。
 瀧と三葉は分かったのに、大好きなテッシーに気付かなかったよ……
 もう一度見る時、しっかり確認しよう。

 あちこちに村上春樹要素が…… というのはファンの気のせいかな。
 家出少年、面倒見の良いお姉さん、空から降る魚→海辺のカフカ 銃→1Q84 村上春樹訳の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」は予告にも登場し、天気の子をきっかけに読み始めている人もいるらしい。



 廃ビルの鳥居のそばにはつやつやしたナスが。
 この物語の黒幕はきっとあいつだ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:05| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2019年08月02日

映画「天気の子」感想

私「天気の子、みんなけっこう見に行ってて、ネタバレツイートをよけるのが大変になってきた〜!」
D「(ネット検索……)近所の映画館でもやってるみたいだね」
私「今日これから行くというのはどう?」

 という訳で、レイトショーで見てきました!
 午後8時以降の上映は1300円になると今回初めて知った(TOHOシネマズ)昼間より600円も安い! と思わず券売機の前で踊ってしまったよ。

 ネタバレしまくりの感想です。鑑賞後に読んでくださいね。



 雨の降り続く東京で、天気を操る能力を持つ少女・陽菜と、家出少年・帆高が、客の依頼を受けて空を晴れにする商売を始める。
 灰色の雲の下で暗くくすんだ、フリーマーケット会場、下町の民家の庭、都心の高層ビル群などが、陽菜の祈りによってみるみる日差しに包まれ、輝き出す。
 新海誠監督の真骨頂とも言うべき爽快な場面なのだけど、私はここが一番怖かった。

 努力ではなく神に与えられた不思議な力を使い、金銭を得る。
 これ、落語「死神」と同じ展開だ……!
 何の犠牲もなしに何かを得ることは出来ない。物語の中で登場人物たちの「収支」は合ってしまうだろう。
 予想通り、陽菜の肉体は失われる。

 しかし、そもそも陽菜の人生の収支は合っていたのか?
 彼女は何も悪くないのに、親を失い、貧しくなった(=生活のために晴れ女の仕事をしなければいけなくなった)
 現実の人生の収支はもともと「合わない」ものなのだ。
 物語の中で収支が合いがちなのは「そうあって欲しい」という人々の願いの表れに過ぎない。
 この世界は最初から、基本的に不条理だ。

 予告にも使われている、
「世界の形を変えてしまった」
 というセリフ。実際は、
「気候が変わってしまった世界を『直せたけど直さなかった』」
 というだけで、主人公たちが世界を変えた訳ではない。

 世界の形を変えたのは、森林伐採をし、排気ガスを出し、エアコンを使う私たちだ。
 急に反省してエアコンを止めたりしないで欲しい(熱中症で死ぬから)
 生き物には環境を変える力があり、人間のその力は特に強い。
 良い悪いではなく、そういう存在であるのを自覚して、私たちは生きていく必要がある。

 数千年前まで埼玉には「海辺」があった(縄文海進)
 あの結末はそれほど荒唐無稽なものではないと思う。

 私たちは限られた自然条件の中で、ほんの一刹那、生を許されているに過ぎない。
 そこで何を大事にするか。何を選ぶべきか。
 おのずと考えさせられるラストだった。

 ここまでがメインストーリーへの感想。
 「天気の子」は小ネタ満載で、そこも楽しかった。
 そちらの感想は別記事にしますね。

 続く!→この記事
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:21| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2019年06月27日

アニメ「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない」感想

 ジョジョはファンが多く、セリフがあちこちで引用されているようだし、読んでみたいな〜 と前々から思っていた。
 しかし現在124巻まで出ている漫画を全巻制覇するのは大変。
 荒木飛呂彦さんが描くカラーイラストの美しさに憧れつつ、手を出せずにいた。

 Dちゃんに相談してみたところ、
「『ダイヤモンドは砕けない』を見てみたら? 独立した話になっていて、前のシリーズを知らなくても楽しめるし、荒木飛呂彦独得の色使いも再現されているよ」
 それでは、と見始めたら、ハマった! ハマった!!

 杜王町という小さな町に特殊能力(スタンド)を持った殺人鬼がおり、主人公はその事件を追いつつ、様々な人々と出会っていく、というのが大まかなストーリー。
 少年漫画的なバトルを中心としながらも、サスペンスやギャグの要素も多く、ハラハラしたり声立てて笑ったり、面白かった!

 ジョジョに「スタンド」というものが出てくるのは知っていたけれど、具体的にどんなものなのか、つかめていなかった。
 見ればすぐ「こういうことかー!」と分かりますね。
 説明するのは難しいな。守護神ともちょっと違うし……

 よくもまあこんなに多種多様なスタンドと、それを使った攻撃を思いつくものだと感心した。
 罪悪感で発動する錠前のスタンド(ザ・ロック)とか、相手の体を本にして人生を読み取るヘブンズ・ドアーとか。

 主人公の仗助も、友人の康一や億泰もそれぞれ本当に良い子で、愛おしい。
 康一の体力的な弱さや、億泰の考える力の無さが、物語の展開を作ってゆく(康一→しょっちゅうやられて監禁されたりする。億泰→選択を迫られるが、いつも兄の言いなりだったため自分で正解を導けず、間違ったり適当に選んだりしてしまう)
 その人の長所だけでなく短所も、物語を回す大事な要素なのだな、と。

 康一のスタンドがパワーアップした時に、康一が自分で髪を切って髪型を変えたのが可笑しかった。
 ジャンプ的な、力がインフレしていく漫画は、確かに強くなると髪型や髪の色が変わったりする。
 そのパロディだったのだろう。

 背の小さな康一と間田が並んでしゃべっている様子が、強くなる前の悟空とクリリンみたいで、泣きそうになった。
 タイトルの通り「奇妙な」話ではあるけれど、王道少年漫画の伝統をふまえた作品だと強く感じた。
 ジョジョの向こう側に、数多の「かつての少年漫画」が透けて見える。

 私が一番好きなキャラは、漫画家の岸辺露伴。
 漫画家が漫画家を描くと鬼気迫るものがある。
 目の前のことに夢中になり過ぎて、常識では考えられないことを仕出かしたり、物語を盛り上げていた。

 ネットでよく見る、
「だが断る」
 というのは彼のセリフだったのね(元ネタを知らなかった)

 登場人物の服装やポーズ(ジョジョ立ち)がどれも洒落てる。
 家でジョジョ立ちをまねしてみたら、
「のりがやるとハニワみたいだね」
 とDちゃんに言われた……

 国立新美術館でジョジョ展が開催された時、日時指定の予約制だったこともあり、
「ジョジョを読んでいない私が行ったら、古くからのファンに申し訳ないかな……」
 と遠慮してしまった。今から思えばやっぱり行っておけば良かった。

 またどこかでやらないかな、と調べてみたら2020年1月から長崎でやるみたい。
 遠いな。でも旅もしたいし良いかも。

 ずっと興味のあったジョジョの世界に触れられて、幸せでした♪
 
posted by 柳屋文芸堂 at 13:40| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2019年06月19日

アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」感想

 とにかく構成が上手かった。

 まず第1話。いきなり意味不明の戦いから始まり、ほのぼのに移ってシリアスへ。

 物語の最初の部分はやらなければいけないことが沢山ある。
 登場人物の名前や、舞台となる場所の様子を知らせ、世界観をつかんでもらう。
 続きが気になるように、見ている側が解明を諦めない程度の謎を残す必要もある。

 そういう基本的なことを自然に行った上で、作品全体の雰囲気も伝えており、見事だと思った。
 最初からほのぼのだったら、ほのぼの好きな人以外は「だるいなー」と見るのをやめてしまうだろう。

 まどマギはずいぶん話題になった作品なので、同じ時間を繰り返すことは知っていた。
 しかし第12話で終わるのに第9話までは普通に時間が進んでゆき、
「あと3話しかないのにどうするんだ?」
 と思ったら、第10話に「繰り返してきた時間」がまとめられていて、そうやるのかー! と。

 オープニング映像で主人公のまどかは魔法少女の姿なのに、本編ではなかなか魔法少女にならない。
 これはオープニング詐欺では?! と思わせておいて、第10話でようやくその意味が分かる。
 時に閉じ込められる悲しみが凝縮した素晴らしい回だった。

 最後に完全な平和が訪れるわけではないけれども、
「ほむらちゃんが呪縛から救われた!
 大好きな人に自分の思いを理解してもらえた!」
 という喜びが大きかった。

 小説書きとして見ると、物語をどういう順番で見せていくのが最も効果的かを考えるのに、大変勉強になる作品でした。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 18:30| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

アニメ「宝石の国」感想

 最初、のんびり話が進むのかと思ったら、予想しなかった不思議な出来事が次々起こり、
「先が気になるー!」
 と最終話までだれずに面白く見られた。

 主人公たち「宝石」の敵である「月人」が怖い。
 三十三間堂の千体千手観音像をピカピカにしたようなのが空からやってくる。
 何を考えているのか全然わからない。

 月人に比べると「ゲゲゲの鬼太郎」のバックベアードは自分の目的を分かる言葉で説明してくれて親切だな。

 宝石たちの戦い方は美しく、かなり強いが、月人は数が多くて、出し抜けに奇想天外な攻撃をして来たりする。
 宝石たちはしばしば粉々になり(これは直せる)月人に連れ去られてしまうこともある(こうなると戻ってくるのはかなり難しい)

 宝石たちは明るく楽しく暮らしているけれど、仲間を失った記憶を痛みとして抱えている。
 宝石たちは鉱物としての特徴にちなんだ個性を持ち、男でも女でもない。
 物語を愛する人たちの心の中にいる「少年・少女」の概念を結晶化させたような存在。
 それぞれの純粋な思いが交錯する様子が、萩尾望都「トーマの心臓」のようだ。

 どの子もけなげで愛おしい。
 イエローダイヤモンドお兄様は格好良く、双晶アメシストは優しく、ダイヤモンドは可愛らしい。
 ダイヤモンドが自分をボロボロにして戦うシーンは切なかった。

 それにしてもアニメって戦う話が多いね。
 アニメの絵と動きが戦闘シーンを描くのに向いているのだろうか。
 小説に向いているものは何だろう……

 えっ、ここで?! ここから始まりでしょ! という終わり方だったので(原作はまだ連載中)
 続きもアニメ化されると良いな♪
 
posted by 柳屋文芸堂 at 10:16| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2019年06月05日

アニメ「ゴールデンカムイ」感想

 dアニメストアで「ゴールデンカムイ」第1期・第2期(第24話まで)見ました。

 テレビで放送していた頃、
「人がばんばん死ぬけど、ほのぼのグルメ漫画」
「女ではなく男が脱ぐ」
 というような感想ツイートを見て「?」と思っていましたが、こういうことだったのか〜 と。

 こんなに男色度の高い作品とは思っていませんでした。
 ラッコ鍋回(第20話)に温泉回(第21話)それ以外にも色々と。
 私は大好きですが皆さん大丈夫なんですか……?(とTwitterで検索してみたら楽しんでいるようで何よりです)

 杉元は優しく、アシリパさんは美しく、白石は可愛く、みんな愛おしい。
 谷垣、尾形、キロランケも、それぞれ異なる色気があって良いですね。

 原作も読んでみたいけど、漫画は置く場所がなぁ〜
 物語はまだ完結していないので、最後までしっかりアニメ化されますように。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 13:02| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2019年06月03日

アニメ「ゲゲゲの鬼太郎(第6期)」感想

 2018年4月から放送している鬼太郎の、第1話から第56話まで、dアニメストアで一気に見ました。

 私はねこ娘が大好きで、子供の頃にやっていた第3期の作品では、鬼太郎がユメコちゃんのことばかり心配するのがイヤだった(ユメコちゃんは第3期にだけ登場する人間の女の子です)
 第6期のねこ娘はモデル体型と美貌を手に入れ、
「これで人間の娘にも負けない! やったー!!」
 と思って見ていたけれど、鬼太郎はねこ娘の容姿なんてどうでも良いって感じですね。

 どんな姿で描かれていても、ねこ娘は鬼太郎のことをいつも思っているし、とっても良い子なんですよ……! 幸せにしてあげて鬼太郎……!!

 印象的だった回を中心に感想を。

☆第7話「幽霊電車」

 最初「?」となる場面がいくつか続き、最後に「そういうことだったのか!!」と。
 構成が上手かった。
 この電車に乗せるべきブラック企業の社長、いっぱいいそうですね。

☆第20話「妖花の記憶」

 第二次世界大戦の南太平洋での戦いを扱っていたのが良かった。

まなちゃん「日本が一方的に攻められて負けた、みたいに思ってた」
目玉おやじ「日本も他の国に攻め入り、戦ったりしとったのじゃよ」

 大事なこと言ったー!
 日本で戦争の話というと、被害の話になりがち。
 攻撃した記憶は、攻撃された記憶以上に、人を傷付けるのだろうか。

☆第30話「吸血鬼のハロウィンパーティー」

 ねこ娘と、ねこ娘のコスプレをしたまなちゃんが一緒に戦う。
 こういうの、双子コーデというのかな? 可愛い〜!

 敵が女吸血鬼で、血を吸われて吸血鬼にされるのも女だけ、という女の子回。
 百合的妖艶さがあった。

☆第38話「新春食人奇譚 火車」

 56話中一番好きなのはこれ!
 まず死体を食う火車を使ったねずみ男の商売がエグい。
 その後の「これってもしかして、俺たち入れ替わってる?!」展開が楽しい。
 さらに最後の目玉おやじの反撃が斬新!

 新春らしくサービス満点の回でした。
 めでたいのかは不明だが……

☆第38話「雪女純白恋愛白書」

 暑苦しい人間と雪女の恋愛話。
 ゲームで徹夜して戦えなくなる鬼太郎!
 笑える場面やセリフが多くて面白かった。

 ラスボス的存在だった「名無し」の発声が能っぽいなー と思って声優さんを調べてみたところ、担当している銀河万丈さんの趣味が「謡曲(能の中で謡われる音楽)」で「やっぱり!」となった。
 古典芸能の技術が現代の表現に力や深みを与えることが多くある。
 シン・ゴジラの動きの元になった狂言の野村萬斎、君の名は。の三葉の舞を振り付けた歌舞伎の中村壱太郎、等々。

 古くからある芸術は、たとえ商業的に成り立たなくなったとしても、未来の表現の幅を狭めないために大事にしなければいけない、と改めて思った。
 それが文化の厚みというものだ。

 ねずみ男の商売が上手くいっていると、その後転落することも含めて、妙に嬉しくなってくる。
 何でしょうね、あのワクワク感。

 おいしい話を見ても、裏にねずみ男(というか、ねずみ男のようなよこしまな気持ち)が存在するような気がして、近寄れなくなった。
 妖怪やお化けの話には「恐れること」を教える効果があるんだな、と。

 他には、すねこすりの話が切なかったり(第6話)人間のような姿に変身した目玉おやじが格好良かったり(第14話)鳥取の境港と大山が舞台の話があって、もう一度行きたくなったり(第16・17話)その大山の烏天狗が恋をして修行に身が入らなくなるのが可愛かったり(第32話)あずきを食べたくなったり(第31話)泥田坊の話で何が「正しい」のか分からなくなったり(第54話)とにかく大好きな妖怪たちの活躍を満喫しました。

 全体として、泣かせる人情ものや戦闘シーンより、現代の問題を取り入れた展開や、笑える話が私の好みに合っていて良かったです。
 エンディング曲の一つ「GET A NOTE」が気に入って買っちゃいました。
 鬼太郎の放送はまだ終わっていないので、続きも楽しみ♪
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:00| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2019年05月19日

銀河英雄伝説のアニメ(1988年〜2000年に発表されたもの)感想

 今年のゴールデンウィークはひたすら銀河英雄伝説のアニメ(1988年〜2000年に発表されたもの)を見ていました。
 私が原作にハマっていた中学生の頃(30年前)には第1期(最初の26話)しか見られなかったので、本編の最後までしっかり作られていたことが分かり、幸せでした。

 当時は、
「皇帝からお姉さんを取り戻す」
 というラインハルト側の物語に興味を持ち、彼らの華やかさに憧れていた。

 大人になった今の感覚だと、同盟側の政治家たちやフェザーンの駆け引きが面白いですね。
 あんな正義が何か分からない戦の指揮を取らされていたのだと思うと、ヤン・ウェンリーの諦観に胸が痛くなります。

 愚かしい偉い人がたくさん出て来て、子供の私は、
「ちょっとやり過ぎだろ」
 くらいに思っていた。でも大人になってみると、
「現実ってほんとこんなだよな〜」
 と。あれがリアルな話だなんて知らなかったよ。

 気がついたらヤン・ウェンリーがめちゃくちゃ歳下になっていた……
 歳下の男として見てみると、少々あざとさを感じるくらい可愛いですね。

 ラインハルトのお子様っぷりにも驚いた。
 あれじゃあ、オーベルシュタインは赤子の手をひねるようなものだったろうよ。
 結婚を申し込みに行く場面が可愛かった♪

 オーベルシュタイン、中学生女子には嫌われていましたが(私は好きでした)たった一人の常識人じゃないですか?!
 他の人達が「軍人の論理」で動く中、どうにか被害を最小にして、平和な世界を実現しようとしている。
 よしながふみの漫画「大奥」の春日局のセリフを読まなかったら、こんな風に思うこともなかったかも。

 子供の頃には気付かなくて、今回一番心打たれたのは、
「その国の政治形態が、そこに住む人々の人間関係に影響を及ぼす」
 ということ。

 帝国側には身分制度があり、上の言うことは絶対だから、みんな、
「上に上がろう」
 という気持ちが強く、ちょっとしたことでギスギスするし、その心の隙間を敵に利用されてしまう。

 同盟側は役職はあっても身分はない。
 自国の政治やら帝国艦隊の数の多さやらにいつも追い詰められているのに、人間関係は常にほがらかで隙がない。
 これは上に立つヤンやビュコックの人柄によるところも大きいと思う。

 民主主義は「無条件に素晴らしい制度だから」ではなく「たくさん問題があるけれども、人と人が主従ではなく、対等な立場でつながるために必要な考え方だから」大切にしなければいけないのだと感じる。
 この世界情勢の中だといっそう味わい深い。

 声優陣も素晴らしかった!
 鬼籍に入られた方も少なくない……

 メルカッツなんて子供の私にはおじいさんで、全然興味なかったし忘れていたけど、声が納谷悟朗さん(ユパ様・銭形警部)なのもあってキュンキュン。
 Dちゃんに、
「萌える相手の年齢が上がってる」
 とからかわれました。

 そうそう、Dちゃんと一緒に見られたのも嬉しかった(ゴールデンウィークらしい感じ!)
 Dちゃんは「ロイエンタール」という名前を覚えずに「アナゴくん」と呼び続けていた(声優がどちらも若本規夫さん)

 他にも、ちびまる子ちゃんの父・祖父・ナレーターとか、ラムちゃんとあたるとか、私が熱心にアニメを見ていた頃のスター声優がわんさか!!

 一番すげー! と思ったのはフレデリカ役の榊原良子さん。
 映画「風の谷のナウシカ」でクシャナをやっていた方ですが、全然クシャナっぽくなかったの!
 優しく芯の強いフレデリカと、強気ながらどこか脆さもあるクシャナ。
 どちらも「強い女性」でありながら、完全に演じ分けていた。

 ビュコック提督、どこかで聞いたことのある声、と思ったら、バカボンのパパですね。
 ビュコック提督の最後のセリフを聞いて、
「臣下ならいくらでも作れるけど、もう二度と友を得ることは出来ないラインハルトが、友情で結びついている同盟軍と戦う話だったんだなぁ……」
 と思いました。

 色んな楽しみ方が用意されていて、今見ても十分面白い。
 月額400円で銀河英雄伝説を全話見られるとは、良い時代だな(dアニメストアです)
 もうどこにも出かけずに、アニメ三昧しちゃいそうだ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 11:38| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2019年04月05日

映画「ユーリー・ノルシュテイン《外套》をつくる」感想



 ロシアのアニメーション作家、ユーリー・ノルシュテインを追ったドキュメンタリー。

 彼は30年以上前から、ゴーゴリの小説「外套」のアニメ化に取り組んでいる。
 世界中のファンが楽しみに待っているが、いまだ完成していない。
 アニメ界のサグラダ・ファミリアである。

 未完の理由は種々ある。
 生活や制作を支えていたソビエト連邦が崩壊したこと。
 ノルシュテイン本人や仲間のアニメーターたちが、老い、病気になったこと。
 重要なスタッフが亡くなったこと。

 しかし最大の要因は、ノルシュテインの頭の中にある「外套」の理想が高過ぎるのだ。

 日本では、アニメ、漫画、小説、映画、ドラマ等々、新しい物語が続々と生産され、消費されていく。
 私は時々不思議に思う。
 物語というのはこんなに必要なものなのだろうか?

 小説を書きたい人がよく聞くアドバイスに、
「とにかく完成させろ」
 というのがある。たとえ納得出来ない部分があっても、気にせず終わりまで書いてみろ、と。

 確かに完成させてみなければ欠点も美点も見つけようがなく、見つからなければ直せない。
 それは分かるのだが違和感もある。
 自分の理想を低く設定すれば、作品なんていくらでも作れてしまう。

「こんな作品を作りたい」
 という高い望みと、自分の技術の戦いこそが「創作」なのではないだろうか。

 この映画の中で見られる「外套」の一部分は本当に美しい。
 脱げかけた靴下を履き直す、というたったそれだけの行為が、温度や手触りをともなって、あんなにも豊かに表現されるとは!

 早く作る。数をこなす。
 そんな価値観に支配されたこの世界において、ノルシュテインの「外套」は、創作の本質を教えてくれる貴重な存在だと思う。

 公式サイトはこちら
 ノルシュテインのアニメ作品(完成しているもの)の上映もあるので、見たことのない方はぜひどうぞ。


 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:39| 映画・映像 | 更新情報をチェックする