2015年05月01日

村上さんのところ、ついに閉幕

 村上春樹の期間限定公式サイト「村上さんのところ」、とうとう最後の質問と答えがアップされました。
 英語のやり取り以外は全部読みましたよ。
 いや〜 実際にやっていた村上春樹ほどではないけれど、サイトが開設された今年の1月からずっと、こればかり読んでいた気がする。

 文章の書き方や物語の成り立ちについての話が勉強になった。
 師匠から集中講義を受けたよう。

 これまでに発表された作品についての疑問(登場人物の〇〇は何故△△をしたのか、みたいな)が多くなるかと思いきや、全然違っていた。
 近所のゴミ出しが酷い、とか(行政に相談した方が……)
 梅毒になってしまいました、とか(早く病院に行きなよ!)
 村上春樹に言ってどうするの、という話がわんさかあってびっくり。

 あと、
「村上春樹さんの作品を読んだことはないのですが」
 と書いている質問者もいっぱいいた。

「よく分からないけど偉い先生が質問に答えてくれるらしい、という噂を聞きつけてメールを出した人がけっこういたのではないか」
 とDちゃん。

「好きな小説家」
 としてではなく、
「(実際に何をしているかは知らないが)有名人らしい」
 という認識の人が増えているんでしょうね。

 そういう人たちが、これをきっかけにして作品に興味を持ってくれたら嬉しい。
 エッセイや旅行記が読みやすくておすすめ!

 5月13日にサイト公開は終了し、本(セレクト版)と電子書籍(コンプリート版)の形で出版されるそうです。
 まずは本を買って、必要な質問が載っていなかったら電子書籍も買おうかなー
 楽しませてもらったお礼にもなるし。

 自在に答えを返す様子を見て、ますます村上春樹が好きになりました。
 元気で長生きしてくださいね!
 
posted by 柳屋文芸堂 at 01:35| ネット | 更新情報をチェックする

2015年04月07日

創造のために

 ピーター・バラカンがインタビューで、真にクリエーティブであるために必要な要素とは何か、という質問に対し「想像力」と「技」を挙げていて(この記事)大きくうなずいた。
 こういうものを作りたい、と細部まで想像する力と、それを実際に形にする技術。

 村上春樹は特設サイトで、
「技術とは練習です」
 と書いている(この記事

 つまり、自分の心に浮かぶものを大切にして、表現方法(楽器、文章、絵など)を毎日欠かさず練習すれば、出来上がる作品は少しずつ良いものになっていく、ということだよね。
 単純過ぎる?

 創造を最も強く妨げるのは、想像力不足でも技術不足でもなく、
「練習してもムダかもしれない」
 と考えてしまう臆病さ、なのではないだろうか。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:00| ネット | 更新情報をチェックする

2015年04月01日

Twitterの使い方(たぶん邪道)

 ようやくTwitterで目を回さなくなりました。
 簡単な話。フォローしている人のほとんどをミュートしているのだ(ごめんなさい)
 そして、
「この人は最近どんな話をしてるかなー?」
 と、ブログを見に行くようにツイートを読みに行く。

 結局、タイムラインを上手く使いこなせなかったんですな。
 これが私の情報処理能力の限界だと思った。
 Twitterを普通に使える現代人、すごいよ。

 情報受信・情報発信の装置としてより、ブックマークとして使う方が私に合っているみたい。
 心に残ったツイートやブログ記事へのリンクをお気に入りに入れていって、時々見返す。
 「フォロー」という行為も、私にとっては「ブックマークの追加」に近い。

 自分自身でツイートはほとんどしないけれど、人のツイートへの返信という形で時々メッセージを送る。
 文字数制限があると気負わずに出来て良いですね。
 一方的なファンレターのつもりで書いた文章に返事が来て、キャーッと幸せになったり。

 こういう邪道な使い方をしていると、非常識な奴だと思われたりするのだろうかと時々心配になる。
 ミュートしたり、リンク入りのツイートを連発したりするのはTwitterの倫理に反しているんじゃないかと。
 困ったアカウントなのは自覚していますので、邪魔っけになったら気にせずフォローを外してくださいね。

 返信やダイレクトメールが来たら通知されるように設定しています。
 簡単な連絡にもどうぞお使いください。

 Twitter(@yanagiyabunngei)

※記事を書いているうちに日付が変わってエイプリルフールになっちゃったけど、ウソじゃないから!
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:09| ネット | 更新情報をチェックする

2015年03月05日

ネットのない最後の青春

 インターネットは1995年(私は大学1年)頃に一気に普及したので、
「私たちはネットのない最後の高校生だったんだな」
 と気付いた。

 高校1年の時(1992年)携帯電話を持っていたのはクラスでたった1人だった。
 その子の親は経営者だったから、会社のを勝手に持ち出していただけかもしれない。
 クラスの女子たちに、
「金持ちなのを自慢して」
 と陰口を叩かれていた。スネ夫状態。

 大学4年の時(1998年)母校に教育実習に行ったら、授業中に携帯をいじっている生徒が大勢いて驚いた。
 まあ、この時代の携帯で出来たのはショートメッセージを送るくらいだから、授業中に回す手紙が電子版になった程度のものだったのかな。

 どうでも良いけど教壇から生徒が何してるか丸見えだからね。
 時間のムダになるからいちいち注意しないだけで……

 現在ではもう、教室にいながら全員がネット上に行けるのだろう。
 そういう高校生活がどんなものなのか、うまく想像出来ない。

 ただでさえ思春期の人間関係は面倒臭いのに、それがネットにも波及したらかなりキツいのではないか。
 特にトラブルになった時。
 トラブルなんて高校では日常茶飯事というか、トラブルこそが高校生活、って感じだったんだけど。
 子どもの頃からネットがあった世代は、うまいこと切り抜ける方法を身に付けているのかな?

 別の見方をすると、
「学校で孤立しても、ネット上に居場所がある」
 というのは悪くないかもしれない。
 私たちの頃は「世界=学校」で、そこで失敗したら取り返しがつかない感じだった。

 ネットがない青春。
 ネットがある青春。
 ほんの数年の差で、私たちは互いの青春の様相を想像出来ないのだ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:12| ネット | 更新情報をチェックする

2015年02月22日

定型文の便利さと不便さ

 ネットが普及し、ブログをやる人が急増した頃(2005年くらいだっけ?)
「みんなそんなに文章を書くのが好きだったっけ……?」
 と不思議な気持ちになった。

 ただ話すのと違い、文章は「始める」のと「終わらせる」のにけっこう骨が折れる。
 唐突な感じに書き始め、脈絡のないまま終わらせたって構わないのだけど、何となく落ち着かないはず。
 だから誰もが書く可能性のある「手紙」には、始まりと終わりの定型文が沢山用意されているのだ。
(拝啓、取り急ぎ用件のみ申し上げます、敬具、ご自愛ください等々)

 このまま一億総文筆家状態になるのか?!
 とワクワクしていたら、すぐにTwitterが普及し、あっという間にブログ利用者は激減した。
 持っていても更新回数が減ったり。

 ブログには他人の日記を盗み見るような楽しさがあったので、これにはがっかりした。
 でも、仕方ないよなとも思う。
 どう考えてもTwitterの方がラクだし、自然だもの。

 しかし短文とはいえTwitterだって「書き言葉」
 面倒であることに変わりはないよな……
 と思っていたら、Twitter用の定型文が次々現れてびっくりした。

「きこえますか… 今… あなたの…心に…直接… 呼びかけています…」
 とか(元ネタは「聖☆おにいさん」)
「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!」
 とか(これの元ネタは「ジョジョの奇妙な冒険」らしい)

 必要は発明の母というか、コピー&ペーストの便利さも手伝って、
「Twitterで言いたいことを簡単に言う方法」
 がほとんど意識もされずに広まっていくのがすごいと思った。

 定型文は本当に便利だ。気持ちを乗せる舟みたい。
 でも、舟の積み荷に重量制限があるように、定型文で表現出来ることは定型文ごとにある程度決まってしまう。

 定型文で語り始め、定型文で語り終えるとしても、自分がどうしても吐き出したい心の奥の淀みを言葉にするには、形から全部自分で作らなければいけない。
 そうしないと「よく似た別の何か」しか伝えられず、どれだけ言葉を重ねても欲求不満になってしまう。

 自分のための形を見つけるまでの苛立ちに耐えましょう。
 私は色んな人の「本当」を読むことを楽しみにしています。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:25| ネット | 更新情報をチェックする

2015年01月25日

その後のTwitter

 24人しかフォローしていないのに、流れてくる情報の量に目を回し、ツイートが多めの人をミュートして、どうにか落ち着いて見られるようになってきた。
 ミュート組は時々ブログみたいに直接見に行っている。これなら平気。
 色んな人のツイートが混ざった状態で流れてくるのがダメみたい。

 自分が情報化社会に全く適応出来ていないことを思い知った。
 数百人、数千人フォローしている人たちはどうやって情報を受け止めているの?

 一番好んで使っているのは「お気に入り」機能。
 他の人のツイートや、ネットで見つけた情報をツイートして星を付けている。
 自分のツイートに自分で星、って何だか可哀想な人っぽいが仕方ない。
 時々見直してニヤニヤ。好きな情報が並んでいるのを眺めるのは楽しい。

 自分ではほとんど発言をしていない(ブログだけで手一杯)
 たまにメッセージのやり取りに使う。
 来るのも送るのも短い文章なので、気負わず出来るのが良いですね。

 リンクのあるツイートばかりで放置されているアカウントと思われているのか、タイムライン(と言うのかな? 自分とフォローしている人のツイート)がどんどん消されてしまう。
 結局ミュートしていない組もブログみたいに直接見に行くことに。
 ……これじゃアカウントを持っていなかった頃と変わらないよ!

 Twitterってこういう使い方で良いのかしら。
 いまだに馴染めていないのでした。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 21:38| ネット | 更新情報をチェックする

2015年01月22日

文章を書く才能

 「村上さんのところ」というサイトが現在期間限定で開設されている。
 村上春樹が読者からの質問に答えてくれるのだけど、

 文章を書くのがとても苦手です。(中略)どうにか文章を書きやすくなりませんでしょうか。

 という問いに対し、

 文章を書くというのは、女の人を口説くのと一緒で、ある程度は練習でうまくなりますが、基本的にはもって生まれたもので決まります。まあ、とにかくがんばってください。

 と答えたのがネットで話題になっているらしい。

 私は一番目の質問から全部目を通していて、もちろんこの答えも見ていた。
 でも、
「そうだろうねー」
 と思うだけで特に衝撃を受けたりしなかった。

 もっと若かったら、
「努力してもムダなのか……!」
 と傷付いていたのかも。
 自分が年食って鈍感になったことの方がショックだ。

 38年生きてきて、文章を書く才能を持っている人にもたびたび出会い、最近はその多くが年下だ。
 あれは本当に不思議だと思う。

 人の目をすっと引っ張っていく文章と、追うのが面倒になっちゃう文章が、確実にあるのだ。
 読んだだけで別世界に移動させてくれる文章と、いくら読んでもどこにも行けない文章が。

 何が違うのやら、羨ましくて悔しくってどうにか知りたいのに、全然分からない。
 違う、ということだけが分かる。

 「ある程度は練習でうまくなります」というのだから(それも本当にそうだと思う)
 その範囲で頑張って自分の書きたいことを書けるようになれば良いじゃないか。

 ……なんて、若かったら絶対思わなかったと思う。
 すっかりおばさんになっちまったなぁ。

追伸:現在私のTwitterは「村上さんのところ」の気に入った質問・回答を集める場所になっています。少ないとはいえフォロワーの方も見るというのにすみません。ブログは「見たくない人は見なきゃ良いんだし」と思えるけど、Twitterはツイートが強制送信されるから、個人的な使い方をすると妙に気になる……
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:36| ネット | 更新情報をチェックする

2014年12月26日

鴻池剛「安木と住んでいた時期」

 ネットでよく猫マンガを見かける鴻池剛さんのサイトを見ていたのですが、安木というダメ男の話が面白かった(このページから記事を新しいタブで開いていけば読みやすいはず)
 絵に描いたようなクズ……!
 家の裏でマンボウが死んでるPの「スイートフロートアパート」みたいだ。



 この安木の話、けっこう悲惨な終わり方をします。
 クズながらも明るい雰囲気もあって100%憎めない感じなのに(そこがダメ男の真髄か)ここまで落ちていってしまうのかと、少々怖くなりました。

 スタート地点では「お金のない若者」という点で安木と鴻池さんの境遇は大して変わらないのに、鴻池さんはバイトをしたり漫画をコツコツ書き溜めたりして少しずつ浮上してゆき、今ではネットでずいぶん人気があるようです。
 人の生活を支えるのは、このささやかな「コツコツ心」なのかもしれない。
 それがないだけで、あんな風になっちゃうなんてなぁ。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:36| ネット | 更新情報をチェックする

2014年12月01日

会いに行く感じ

 Twitter、一つ一つ見に行くのをやめて、フォローしてホーム画面でツイートを見るようにしたら、
「会いに行く感じ」
 が減って寂しくなった。

 新しい発言の無い人のところを開いて「ムダ足を踏む」ということが無くなり手間がかからなくなったのだけど、その分、
「あっ、今日は発言が増えてる!」
 と驚く楽しみを味わえない。

 私は発言を読みたい訳ではなく、その人の様子をうかがいたい、のかもしれない。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:08| ネット | 更新情報をチェックする

2014年11月19日

まだよく分からないTwitter

 Twitter、いつも見ているところのうち、更新がそんなに多くなさそうなところだけフォローしてみた。
 しかし宣伝が混ざったりしてやっぱりちょっと見にくいなー と思ったり。
 Amazonの宣伝ツイート(?)があったので「ブロック」というのをやってみたのだけど、Amazonで買い物出来なくなったらどうしよう。
posted by 柳屋文芸堂 at 10:39| ネット | 更新情報をチェックする