2014年03月11日

愚痴と見せかけて

 昔、勤めていた薬局で、お客のおばさんたちから旦那さんの愚痴を沢山聞いた。
 たとえばこんな。

「うちの人は気が弱くて、ケガをすると必ず家に戻ってきちゃうの。
 車に轢かれても、仕事中に高いところから落ちても、すぐ救急車を呼べば良いのに、
 足を引きずりながら家に戻ってきて、私と一緒じゃないと病院に行かないの……」

 凄まじいノロケだよな、これ。

 当時、愚痴は100%愚痴だと思って聞いてしまい、
「結婚生活って大変なのかなー」
 と不安になったものだ。

 自分が結婚してようやく、
「愚痴を言うようなふりをしてのろける」
 という感覚が分かった。
 堂々とのろけるのって照れるもんね。

 他のおばさんたちの愚痴も半分くらいはノロケだったのかもしれない。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:31| 思い出 | 更新情報をチェックする

2014年03月07日

結婚式に憧れる義務

 若い頃、
「女の子なら結婚式に憧れるはず!」
 という考えを押し付けられるのがけっこう面倒だった。

 ある人の結婚式に行った時に、
「柳田さんもこういうのやりたいなぁって思うでしょう!」
 と言われて、つい、
「別に」
 と答えちゃって「しまった〜」と青ざめたり。

 たぶんウソでも、
「やりたいです〜 素敵です〜
 とか言わなきゃいけなかったんだろうなぁ。

 結婚式は本当に苦手で大変だった。
 新郎新婦を褒めて褒めて、会場が浮ついた言葉でいっぱいになるのが耐えられなかった。

 大切な友人のだけは、
「ここで断ったら関係が切れちゃうかもしれないし……」
 と頑張ってどうにか行った感じ。
 途中で具合が悪くなって会場から退出したこともある。

 結婚式っていったい何のためにやるんだろう。
 何故、あんなに新郎新婦を褒めなきゃいけないんだろう。
 それが結婚生活と何の関係があるんだろう。
 何回結婚式に参加しても、よく分からないままだった。

 結婚生活そのものは楽しいんだけどね……
「毎日ダンナさんに抱っこしてもらうの、楽しみでしょう!」
 とかあんまり言われなかったなー
posted by 柳屋文芸堂 at 00:31| 思い出 | 更新情報をチェックする

2014年01月17日

スケートリンクで

 Dちゃんが帰って来ないから前の彼氏の話をするわよっ

 たぶん2月くらいだったと思う。
 彼は父親と友達と一緒に、スケートをしに行くことになった。
 3人の中で彼だけがスケート初体験。

 その時すでに恋人ではなくなっていたのだけど、私が運動音痴なのを見込んで呼び出された。
「滑れない要員」
 である。

 1人で負けるより2人で負けた方がマシだと考えたのだろう。
 しかし残念ながら、私は子どもの頃に冬休みだけの短期スケート教室に通った経験があるのだ。
 スケートもローラースケートもスキーも一応全部滑れる(下手だが)
 
 父親と友達と元彼女がスイーッとスケートリンクを回っているのに、彼だけは端っこの柵につかまり1人でちまちま進む。
 少しはそばに付いていてあげたりもしたのだが、滑れる人間がスケート靴を履いたら、やはり滑りたいのである。
 自分で状況を悪化させた彼の絶望はかなりのものだったと思う。
 
 思うように動けないことに苛立った彼は、私と友達の前で、ほふく前進し始めた。
 他にもお客は沢山いたし、スケート靴は鋭利だ。
「危ない!!」
 と叫んだけど、けっこう長いことそのまま前進していた。

 寒い季節が来るたびに、その時のことを思い出す。
 微笑ましく、切なく。
 負けず嫌いなあの人の、まぬけで必死な背中。

 憎めない人だったなぁ。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:43| 思い出 | 更新情報をチェックする

2013年12月28日

そういえば、先生だった

 今年7月のポエケット(詩を中心とした同人誌即売会)で、
「先生ですか?」
 と尋ねられたのには驚いたな。

 単純に「オカマ先生の恋愛レッスン」と「泥の小舟」(教師を目指している女性が主人公の小説)を並べて売っていたからなんだけど。
 そんな経験一度もなかった。

(頭に三角巾っぽくバンダナを巻いているせいで、
「パン屋さんですか?」
 と聞かれたことはある……)

 それでふと、2週間だけ先生だった時のことを思い出した。
 教育実習だ。
 自分が通っていた高校で、物理の授業をやったのです。

 ここで衝撃だったのが、野放しのセクハラ教師。
 私たちの時代に女生徒の身体をたびたび触っていた先生が、ずーっと同じように触り続けている。
 担当したクラスの女子から話を聞いて、本当に絶望した。
 誰も止めなかったのかよ!

 私はカッカと腹を立てて教頭先生のところへ。
 すると、
「噂は聞いていました。でも、直接言って来たのはあなたが初めてです」
 おお、なんと恐ろしい事なかれ主義か!

 私はその時に、中学や高校の先生になるのはやめようと決めた。
 教育が必要なのは、大人だ。
 大人たちに、自分が愚かであることを自覚してもらうには、どうすれば良いのだろう。

 まだ答えは出ていない。
 でも、私はこの時に感じた、燃えるような虚しさを一生忘れない。
 たとえ先生であったことを忘れたとしても。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:27| 思い出 | 更新情報をチェックする

2013年12月24日

クリスマスイブだし、痴漢の話でもするか

 痴漢というと満員電車を思い浮かべる人が多いと思うけど、空いた電車の痴漢というのもなかなか恐ろしいものです。
 大学1年、18歳の頃の話。

 あれは午後3時くらいだったのだろうか。
 私はガラガラの電車に乗っていた。
 立っている人はいなくて、座席にも空席があるような状態。

 私は力学の教科書を読んでいた(物理学科なので)
 服が引っ張られるような感触があり、
「?」
 と思って下を見ると、スカートのすその上に隣の人の手があった。

 嫌だな、と横にずれたら、スカートに手がくっついてくる。
 これは痴漢だ! とようやく気付き、手の持ち主の顔を見た。
 30代くらいのおじさんで、完全に恍惚状態。
 のけぞって目を細めている。

 こんなに気持ち良さそうなのに、邪魔したら悪いかも……
 と一瞬思ったが、やはり怖かったので遠くの席に移ると、その人も別の車両へ移っていった。

 その時の私の格好は、白いブラウスに紺色のスカート。
 眼鏡をかけていて化粧はしておらず、いかにも垢抜けないガリ勉少女という感じだった。
 そして数式だらけの本を無我夢中で読んでいる。

 そんな女の子の「スカート」って、確かにある種の男性を興奮させるだろうな、と他人事のように納得したのだった。
 でも実際に触ったら迷惑だから、想像だけで楽しもうね!>変態おじさん
posted by 柳屋文芸堂 at 23:34| 思い出 | 更新情報をチェックする

2013年11月02日

怪談に挑戦!

 私は幽霊を一度も見たことがない。
 知っている人間が目の前を通っても気付かないほど鈍感なので、幽霊に出会ってもそうと分からず、記憶に残ってないのかもしれない。

 そんな私にも、
「ちょっとあれ、変だったな」
 という思い出があるので書いてみる。

 従兄弟のお通夜の時の話だ。
 朝まで線香を絶やしてはいけないというので、親戚の人たちとおしゃべりしながら起きていた。
 代わりばんこにウトウトしたり横になったり、はっきり目を覚ましていたのは3人くらいだったと思う。

「ねえ、何か音が聞こえない?」
 棺の置いてある部屋の壁から、
 シャンシャンシャン、シャンシャンシャン……
 と小さな音が響いてくる。

 そこは団地の集会所だった。
「誰かが音楽を聴いているのかな?」
 時刻は午前三時。
 集会所まで届く音量で音楽を流す人がいるとは、考えにくい。
 コンクリートの壁は分厚くしっかりしている。

 シャンシャンシャン、シャンシャンシャン……

 サンタクロースが遠い夜空を通過しているような音だった。
 一月だったけど。

 結局原因は分からないまま夜は明け、告別式、火葬とつつがなく別れの儀式は終わった。
 従兄弟の家に戻ると、仏壇に写真が一枚置いてあるのに気付いた。
「そこから切り抜いて遺影にしてもらったのよ」

 あたたかい日差しの中、従兄弟はにっこり笑って、タンバリンを叩いていた。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:32| 思い出 | 更新情報をチェックする

2013年10月25日

ひざまずいて塩焼きにしてお食べ

 「サバの女王(=シバの女王)ベルキス」という曲名を見て、
「サバ界にも女王がいるんですねぇ……」
 と後輩がしみじみと言っていたのが忘れられない。
posted by 柳屋文芸堂 at 20:37| 思い出 | 更新情報をチェックする

2013年09月29日

「いないいないばあ」の季節

 友人に赤ん坊が生まれると、必ず「いないいないばあ」をした。
 しかしやってみて分かったのだが「いないいないばあ」を喜ぶ時期はかなり短い。
 だいたい生後6ヶ月〜1歳くらいまでだったろうか。

 生まれたばかりでは意味を理解出来ないし(見えてない?)
 歩き始めると他に面白いことがいっぱいあって他人の「いないいないばあ」になんぞ付き合っちゃくれない。

 それでふと思ったのだが、お母さんが赤ん坊を抱っこしている様子はいかにも母と子らしい美しい光景だけれど、実は子育ての中ではかなり短い「特殊な時間」なのではないか。
 「母と子」の時間のほとんどは、
「どうしてそんなことしたのーっ」
 と怒鳴って叱って、子どもの方は一瞬しょんぼりして、でも懲りずにまた悪さをしてまた怒鳴って叱って…… という躾と教育に費やされるのかもしれない。
 先日会った幼稚園くらいの子が2人いる友人は、怒鳴り過ぎてのどをからしておりました。

 「いないいないばあ」の季節は、子どもの天使っぷりを親や周囲が満喫出来る、生涯においてほとんど一瞬みたいな幸福な時、なのかもしれない。

「柳田に『いないいないばあ』されると丈夫に育つ」
 という都市伝説があれば良いのに。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:30| 思い出 | 更新情報をチェックする

2013年09月13日

秋葉原でナンパ

 大昔、秋葉原でナンパされたことがあった。
 大学4年の終わり、22歳の頃の話。

 電気屋で突然話しかけてきて「可愛い」だったか「キレイ」だったか、とにかく少ない語彙で私を褒めた。
 私は世間の基準から言って可愛くもないしキレイでもない。
 いったいどんな企みがあるのかと訝しんだ。

 しかしちょうどモデムを選ぼうとしていたところだったので、
「機械の説明をさせるのに便利かも」
 としばらく連れて歩いてみることにした。

 そうしたら……
 この男、全っ然役に立たないの!!
 当時私は理工学部にいて、コンピュータ関連の質問をすると即座に細かく丁寧に答えてくれる男が身近にわんさといた(Dちゃんを含む)
 機械の知識が無いくせに秋葉原でナンパするって、いよいよ何なの、この人……

 適当な言葉でその男を追い払い、かばんの中身を確認した。
 ああ良かった、何も盗られてない。スリが目的ではなかったらしい。
 もっと長くそばにいたらやられていたかもしれないけど。
 
 私はセクシー偏差値30くらいなので、性的な目的でもなかったと思う。
 ほんと何だったんだ。まゆげマニア……?
posted by 柳屋文芸堂 at 02:22| 思い出 | 更新情報をチェックする

2013年09月02日

クーラーの思い出(神輿と夜の祭りの間)

 こんなことを言うとおばあさんになってしまったような気分になるけれど、昔、クーラーは一日中つけっぱなしにするようなものではなかった。
 ……その前に「クーラー」という単語が古い? 今は「エアコン」ですね。
 かつては暖房機能がなくて冷やすだけだったから、クーラー。

 小学生の頃、我が家には茶色い家具調のクーラーがあった。
 この話を三味線の先生(少し歳上)にすると、
「子どもの頃、まず家にクーラーがなかったと思う」
 ああ、確かに。普通の家庭には普及していなかったかもしれない。
 うちは商売(マッサージ屋)をやっていたので、客間だけにクーラーを設置していた。
 お客さんのいない、暑い、特別な時間にだけ、私たちは冷えた空気を味わった。

 その気持ち良さを最も強く思い出すのは、お祭りの日。
 重たいお神輿をかついで町内を一周し、お菓子をもらって家に帰る。
 お神輿の一団にホースで水をかける人があちこちにいるので、体はビシャビシャ。
 もちろん汗もかいている。
 一度お風呂に入り、クーラーの部屋で新しいはっぴに着替え、お化粧をし直してもらう。
 鼻筋を白くし、目じりと唇に紅をさす。

 すっかり生まれ変わったようなさっぱりした体で、日が暮れるのを待つ。
 夜は盆踊り。
 和太鼓を打つ大仕事があるのだ。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:04| 思い出 | 更新情報をチェックする