2018年04月01日

A菜(油麦菜)を食べたよ♪

 今日は久々に横浜中華街に行きました。
 17年ぶりくらいかなぁ。
 昔と変わらず賑わっていて何よりでした。

 聘珍樓(へいちんろう)のA菜(油麦菜)の湯引きが美味しかった!

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 シャキシャキと歯応えが良く、味わい深い。
 初めて食べる野菜。お店で売っているのも見たことないなぁ。
 台湾の料理でよく使うようです。

 結婚前にDちゃんとデートで行った謝甜記(シャテンキ)というお粥屋さんも見つけて、懐かしかった!
 行列の出来る店になっていて(17年前もそうだったかな?)入るのが大変そうだけど、次はこのお店に行きたいな〜

 山下公園に寄ったら、大きな船が「ボー」と低く汽笛を鳴らして出港するのが見えました。



 夕方からちょこっと歩いただけだけど、楽しかった♪
 また来るね。

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posted by 柳屋文芸堂 at 23:36| 料理・食べ物 | 更新情報をチェックする

2018年03月25日

熊本旅行記 あとがき

熊本旅行記(5日目 大阪・京都に寄り道)の続き)

 熊本地震から二年。行く前に考えていたより、沢山の傷跡が残っていました。不通が続く阿蘇の鉄道。立ち入り禁止の夏目漱石の家や熊本城。

 それでも飲食店の美味しいものを食べさせる力は完全に回復していて、熊本のみなさんの努力に胸が熱くなりました。きっと地震の直後には休業していたと思うのです。農家や料理人の生活が元通りになってようやく、食卓に美味しい食事が並ぶ。それは決して、当たり前のことなんかじゃない。

 熊本には鶴屋百貨店を始め、熊本日日新聞やおべんとうのヒライなど、熊本県内を強固に守っている企業が数多く存在します。そのあり方そのものが熊本城的です。欲張らずに、手の届く範囲のものをしっかり大切にする。熊本の人たちの地に足の着いた商売を見ていると、その真っ当さに心がほっとします。

 修復しなければいけないものはまだまだある。でも熊本は大丈夫。熊本城と阿蘇五岳という「中心」を見つめながら、熊本市民も阿蘇の人たちも、ばらけることなく生きてゆくのだと思います。中心があり過ぎる東京の近郊に住む私には、そういう落ち着いた暮らしが羨ましい。

 このささやかな旅行記が、見知らぬ誰かの熊本旅行の参考になれば嬉しいです。阿蘇の「ひめ路」と「olmo coppia」、熊本市の「橙書店」にはぜひ行ってみて欲しいな。

 ここまでのお付き合い、ありがとうございました。熊本で育った男の子が出てくる小説、頑張って完成させますね。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 14:57| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

2018年03月24日

熊本旅行記(5日目 大阪・京都に寄り道)

熊本旅行記(5日目 熊本市)の続き)

 新幹線の席が右側だったので、左側の見える出入口にずっと立っていた。私は九州新幹線開業のCMが大好きで、あの風景を実際に見てみたかったのだ。



 しかし熊本駅から博多駅の間に田園や運動場が何個もあって、
「ここはあのシーンの!……かも?」
 と意外に特定出来なかった。考えてみると、私がCMで胸打たれたのは景色ではない。そこで暮らす「人々」だ。みな、私と同じように生きている。喜びや悲しみを感じる愛おしい毎日が、無数に存在している。

 あれから七年経つ。CMの時ほどは人のいない農道を見つめながら、彼らの今を想像した。九州を離れた人もいるだろう。何も変わらず、トマトや米を作り続けている人もいるだろう。

 九州新幹線は博多が終点かと思っていたが、新大阪まで乗り換えなしで行ける。今回の旅で知った。博多を過ぎたので席に戻り、陣太鼓を食べた。



 思ったより甘過ぎないのは良かった。しかし、つぶあんなのがな〜(こしあんの方が好き)熊本土産の定番らしく、行く先々で売っていた。

 山口県を通るのは生まれて初めてだ。小さな山が連なっている。少しウトウトし、気付いたら広島! 大きなビルが立ち並び、都会じゃーん、と思った。
 私は地方に住む人たちの、土地への屈折した思いが理解出来ない。地方都市の外観は、東京と大して変わらないように見えるから。
 彼らが故郷を憎んだり愛したりする理由は、もっと精神的な何か、なのかもしれない。例えば濃密な人間関係や、親や周囲の古い価値観のようなもの。街をちらっと見ただけでは、そのあたたかさや面倒臭さを、自分の事としてとらえるのは難しい。

 新大阪では駅の中にある「神座(かむくら)」という店でラーメンを食べた。



 熊本でラーメンを食べずに何故大阪で、とは思ったけれど、関東では少なくなった醤油ベースの汁が嬉しい。白菜の味が優しい。
 関東はいつの間にか豚骨ラーメンとつけ麺だらけになってしまった。こういう醤油ラーメンも食べたいんだけどな〜

 在来線で京都に移動し、伊勢丹で朽木旭屋の鯖ずしを購入。一昨年の京都旅行で食べて、そのまろやかな味を忘れられなかったのだ(その時の記事はこちら
「私たち、熊本から東京に帰るところなんです。これを買うために京都で途中下車したんですよ!」
 とお店の人に言ったら、二切入りパックをおまけでくれた。わーお!

 阿闍梨餅も買いたかったが行列が長くて断念。いったいどんなお菓子なのだろう。いつか食べてみたいなぁ。

 東京行きの新幹線に乗る。外が雪景色になった。窓は濡れ、空は暗い。熊本市内が暖かかったから、もう真冬は過ぎたかと思ったのに。
 熊本は日が落ちるのも遅かった。関東より三十分ほど後だろうか。一日が長く感じた。新幹線で季節を遡るようだ。

「私、熊本に行って元気になった気がする」
「それは良かった」
「日常と旅行と、何が違うんだろう」
「普段の生活では、風景が足りないのかもしれないね」

 遠くなってゆく熊本も、Dちゃんと眠る自宅のベッドも、同じくらい恋しかった。

(熊本旅行記 終わり)

あとがきもあるよ)
posted by 柳屋文芸堂 at 19:11| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

2018年03月23日

熊本旅行記(5日目 熊本市)

熊本旅行記(4日目 江津湖など)の続き)

2018年2月17日
 早朝、Dちゃんがバタバタする音で目が覚めた。
「バスルームの水道が、お湯の栓をひねっても、水の栓をひねっても、熱湯しか出なくなっちゃって」
「えっ」
「フロントに電話する。うるさくするけどごめんね」

 すぐにホテルの人が来てくれた。つなぎを着た技師のおじさんも一緒で、水回りをあちこち調べてみたものの、
「訳が分かりませんな」
 とお手上げ。お湯が出なくなるならともかく、お湯しか出なくなるなんて。

 幸い隣が空室で、そちらを使えることになり、Dちゃんはシャワーを浴びに行った。手を洗うくらい平気だろうと、元の部屋のトイレに入ってみたら、みるみる熱湯になってしまい大変だった。トイレを流す水も熱湯だった気がする(レバーが熱かった)

 朝食後、荷物も全て移動させ、本格的に隣の部屋に引っ越した。元の部屋より豪華! 広々として明るく、休憩用のソファーもある。窓も大きい。
「名古屋城がよく見えるよ」
 とDちゃんが言うから可笑しかった。こんなところで名古屋城を見てどうする。

 青空の下、修復中の熊本城の天守閣が、独り占めするように綺麗に見えた。

 寂しいことに、豪華な部屋とはすぐにお別れ。午前のうちに熊本を離れるのだ。ホテルをチェックアウトし、市電(路面電車)の停留所へ。熊本市に滞在中、ずいぶん市電を利用した。段差がなくて乗りやすく、本数も多くて便利だ。



 路面電車が人々を運び、賑やかで、しかし東京より少しおっとりしている。車両と熊本城を見つめながら、
「ああ、ここが、あの子の育った街なんだ」
 と実感した。まだ書き終わっていない小説に出てくる、私しか知らない架空の男の子。熊本のことはガイドブックやネットで調べて、ただひたすら想像していた。そんな乏しい情報だけを頼りに書いたのに、私は大きく間違いはしなかった。読んだ人がどう感じるかは分からないけれど。
 まずは書き終わらせないとね!


↑奥に鶴屋が見えますね。真ん中のおじさんはゴミ拾いをしていて、街を大切にしているんだな〜と。

 九州新幹線に乗るために熊本駅へ。移動中に食べようと「陣太鼓」というお菓子を買ったら、
「鶴屋に行ったんですか?」
 とお店の人が目をキラキラさせて尋ねてきた。Dちゃんが鶴屋の紙袋を持っていたのだ。熊本の人たちは何故これほど「鶴屋」に反応するのか。原理は分からないが、熊本の人と仲良くなりたいと思ったら、真っ先に鶴屋の紙袋を手に入れるべきかもしれない。

「さようなら」
 親しげに話しかけてくれた、熊本の人たち。熊本弁はほとんど聞けなかったけれど、熊本特有の、人と人の距離の近さを感じられた気がする。
「ありがとう」
 熊本にいる間、あらゆる場所でこの言葉を見た。地震の時の支援に感謝するものだ。
 生活を立て直し、美味しいものをいっぱい食べさせてくれて、こちらこそありがとう。

<旅の備忘録>
☆ホテルに頼んで荷物(スーツケース)を宅配便で送ってもらったら、帰り道が非常にラクだった! 旅行疲れも減るので、使えるものはケチらず使おう。
☆熊本市の中心は熊本駅ではなく熊本城です。交通網も繁華街も熊本城から伸びているので、熊本城前のホテルに泊まって正解でした。

熊本旅行記(5日目 大阪・京都に寄り道)に続く)
posted by 柳屋文芸堂 at 00:01| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

2018年03月20日

鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側」感想

 ここのところ母親が体調を崩していて、それを心配するあまり自分も心身の調子を崩す、という困った状態になっています。
 心配したって母親の体が治るわけでもないのにほんとムダ、と思うのだけど、愛する家族が苦しがっていると、それをそのまま引っかぶってしまう脆弱な私なのでした。
 元気に助けに行かなきゃいけないのに、もう……

 そんな辛い時間、「メタモルフォーゼの縁側」という漫画にずいぶん救われました。
 75歳のおばあちゃんと高校生の女の子がBLを通じて仲良くなる、というお話。
 遠慮したり悶々としたりしながらも、着実に近付いてゆく二人がすごーく可愛い。

 おばあちゃんにも高校生にも「生きてゆくしんどさ」があって、それがじわーっと伝わってくる。
 泣きわめくような激しい描き方ではなく、ささやかな、誰にでもあるような一瞬。
 そういうキツさを、二人はBLの優しい世界に支えられながら乗り切ってゆく。

 二人がBLに救われているように、私も二人に救われて、何だか作中世界と自分の暮らしがつながっているようで、物語は日々を生き抜くためにあるのだと、改めて強く感じた。

 75歳のおばあちゃんに萌えながら、81歳のおばあちゃん(=母)の介護、頑張りますね。
 スマホの壁紙もこれにしましたよ。見るたび心がちょっと軽くなる。

 ネットで無料で読めますのでぜひどうぞ〜(こちら
 本にもなるみたいで、発売が楽しみ〜♪

メタモルフォーゼの縁側(1) -
メタモルフォーゼの縁側(1) -
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:38| 読書 | 更新情報をチェックする